■
死、見ること期するが如く
「ねえ、どうしたの、その写真」
鈴の鳴るような澄んだ声でひなたちゃんが言った、囁くようにだ、口にするにもおぞましい言い方だが僕にはいつも、まるでむつみごとのように聞こえる声だ。
狭いテントの中で僕はスマートフォンを持っていた。外は降雪こそないが風が強く、今夜は冷え込むだろう。今日まる一日ふたりきりで旅をした、この荒涼とした白銀の世界の断片を切り取った一葉一葉を見返していて、ついさらに昔の、さらにそのずっと昔の写真まで眺めていたのだ。
ひなたちゃんが覗き込んだスマホには二人、若い男女が写っている。男のほうは僕だ、しかしこのころは髪が長く、いかにも世間慣れしていない体だけの大きな子供、といったふうだ。
「近いよひなたちゃん」
ひなたちゃんの甘い香りが感じられて、というよりその距離に僕は少し動揺した。
「彼女?」
屈託のない表情で。
「ねえ、彼女?」
聞いてくるひなたちゃん。写真にはもう一人、ひなたちゃんの知らない女性が写っていた。
「ずっと前に付き合っていた人だよ」
「別れちゃったの?」
「そう」
「ふーん」
おろした髪の毛を指先で梳りながら、ひなたちゃんはそのときはっとしたような目で僕を見る。まるで黒目が大きくなったような。
「もしかして、またヨリを戻したいとか、お付き合いしたいとか?」
「んーん」
僕は首を振る。心の底から思ったことを口にした。
「なんていうか、ね。自分なんかと時間を過ごさせてしまって、悪かったなあって」
「え」
小首をかしげるひなたちゃん。蠱惑的な仕草。
「自分のようなくだらない、くずと一緒にいさせて申し訳なかったな、一度会ってちゃんとあやまりたいなって。貴重な時間を無駄にさせてしまったって思って…それで…」
ひなたちゃんが俯いている。
「ひなたちゃん?」
ひなたちゃんは泣いていた。声もなく泣いていた。僕はタオルを取り出す。ぐうっ、とかえっ、とかいう嗚咽だけが聞こえた。
ひなたちゃんは力なくタオルを受け取って、それを目に押し当てて泣き続けてしまった。
僕は彼女が悲しんでいるその理由がわからなくてただおろおろするだけだ。テントに当たるでフライシートががさがさ言って、それが耳障りだったがいまは、会話のない間の悪さを補っていた。
何年かたってひなたちゃんのやさしさを理解した時には、もう彼女はいなかった。他人のために泣くことが出来るひなたちゃんはもうどこにもいない。
たぶんかえでさんが山に連れて行ったのだろう。