終戦記念日が近い

「今夜は満月ですわね」
 ぼんやりとした月明かりが暗い海面を照らしていた。すでに総員退艦が命ぜられている。その暗い海では漂流者が駆逐艦の救助を待っていた。はるかかなたに空母赤城が大きく傾いて浮かんでいる。
「ああ、それにしても残念ですわ」
 知世ちゃんは頬に手をやって顔を下げた。海軍第一種軍装が黒髪によく似合う。
真珠湾の第三次攻撃…。利根4号機の故障。雷爆転換…。私がせめて第一航空戦隊の司令だったなら南雲長官に強く進言できましたのに」
 僕は艦長としてよりも将校として同意した。
「全くです。しかしそれなら」
 そこまで言って僕は言葉に詰まった。
「?」
 知世ちゃんが愛らしく小首をかしげる。まさか開戦以来太平洋を荒らしまわった第二航空戦隊司令がこんな愛らしい美少女小学生とはアメリカ海軍も知るまい。
「なんでもありません」
 まさか、知世ちゃんが1AFの司令だったら飛龍に乗ってない、そうすると僕は知世ちゃんと一緒に戦えない、とは言えないじゃないか。
 知世ちゃんは僕が困っているのを見てそれ以上は聞いてこなかった。やさしい子だ。

「夜戦になれば南雲長官も本領を発揮してくれるでしょう。敵に残るのは空母が一隻のみ。まだまだ連合艦隊は戦えます」
 そういうと僕はロープを取り出した。
「お願いしますわ」
 知世ちゃんは柱にぴったりと背中をつけて、直立不動の姿勢をとった。
「失礼します」
 そういうと僕は知世ちゃんを艦橋の柱に縛り付けていった。
「痛くないですか」
「いいえ」
 自分の分は自分で縛った。
「本当によい月ですわねえ」
 月明かりのみとなった艦橋で不自由な姿勢で知世ちゃんが呟く。時折艦内で誘爆が起こっていたのだろう、さっきまで炸裂音が響いていたが今はやんでいた。
 二人して柱に並んで縛られて立っているのは滑稽な感じがした。知世ちゃんもそう思ったのかくすりと笑う。僕もちょっと勇気が必要だったけど笑ってみた。
「一緒に眺めるとしましょう。お供します」


 午前五時、駆逐艦「巻雲」から放たれた魚雷で飛龍は処分された。ミッドウェイの戦いで主力空母四隻を喪った日本軍は守勢に転じることとなる。