狂ったようにバーベルを上げる。ストレッチングすらせず、肉体に負荷をかけつづける。こんな体、とっととぶっ壊れればいい。
 220ポンドのベンチ・プレス。筋肉の繊維がぷちぷちと切れてゆくようだ。歯を食いしばり、呼吸を整えて前後動を繰り返す。
 自分が、嫌いだ。醜い自分が。
 骨に巻きついた筋肉が痒い。酷い痒みだ。
 心理的限界が生理的限界に近づきつつある。体中の疲労感は痛みへと変わってゆく。
 自分が、嫌いだ。
 スクワット。395ポンド。3度も膝を屈伸すると息が荒くなる。際限なく心拍数が上がる。
 苦しめ、苦しめ!思い知れ。
 フィットネスクラブを出てからも、ふらふらになりながら街を走って家に帰った。
「おかえりなさい」
 パジャマを着たともよちゃんは玄関先で、笑顔で僕を出迎えてくれた。
 彼女は僕を罰しない。そのことが辛い。
「まあ」
 ひどく疲労した僕の様子を見て取ったのか、ともよちゃんは大急ぎで冷たい麦茶を運んできてくれた。
「その、もう、へいきな、の」
 その心づくしを飲み干して、息を切らせながらともよちゃんにやっと聞いた。病院から帰っても、今朝のともよちゃんはまだ青い顔をしていたのだ。
「ええ、おかげさまで、もうなんともありませんわ。でも」
 ともよちゃんが申しわけなさそうな顔をする。そんな顔、しないで。僕は愚かなのに。
「さっきまで眠っていたので、お食事の用意ができませんでしたわ」
「そんなこと」
 と、僕は思わず大声になった。音に敏感なともよちゃんがすこし驚く。
「あ、ごめん、その、食事の準備なんて」
 その日、僕は二人分のおかゆを作った。実のところ僕もオーバートレーニングで全く食欲がなかったのだ。
 塩味と梅干だけのおかゆをともよちゃんはとても嬉しそうに食べてくれた。小さな口で、すこしずつ匙を動かして。
「やっと、お薬が飲めますわ」
 ともよちゃんはピルケースからくすりをとりだすと、ぷちぷちと錠剤をはじき出してテーブルに並べていった。この少女の心の平穏を保つのに、これだけの薬物がいるのだ。
 僕はその光景を見るたび辛くなる。
「今回は大丈夫なんだね、おくすり」
 ともよちゃんはこくん、と頷いた。じゃら、と音をたてて錠剤を口の中へ少しずつ押し込み、水で流し込んだ。
 僕はその光景を見るたび、辛くなる―。
 あしたから3連休だ。ともよちゃんをどこかへ連れて行ってあげよう。どこか静かなところへ。
 ともよちゃんはくすりが効いてきたのか、たちまちとろん、と眠たげな目になった。注意深く見守ったが、この間のように倒れることはなさそうだ。
「それでは、おやすみなさいませ」
 自力で自分の布団まで行った。僕は安心して大きなため息をついた。今度同じことがあったら病院に火をつけてやるつもりだったのだ。