退屈だったのでミントにリタリンを10錠ほど飲ませてみた。昨日までの虐待・殴打にミントは顔を腫らしてぐったりした様子だったが、2,3分で急に元気になりひたすらしゃべり続け、けらけらと笑い出した。

「おかしいですわ、おかしいですわ、あはははは」

 もっともすぐにクスリが切れて、元のように部屋の隅にうずくまってしまったが。

「おんなじテレパシストじゃないか。ただ、俺の能力はお前のそれのように指向性を持っていないけれど、他人の意識を受信できることに変わりはない」

 俺が慰めてやったにもかかわらず黙って俯いているので、俺は必死になって太平洋戦争のニューギニア戦線で部下を殺して喰った陸軍中尉の話を念じてやった。この話はおととしの終戦記念日に勝手に何者かが俺の脳の中のシナプスを発火させ、時空を越えて意識が1944年のソロモンに繋がったときに得たものだ。

 ミントは俺の念を受信したらしい。いつものように耳をふさぐようなしぐさをして見せた。神軍平等兵をなめるな。



 こつ、こつ。

 地下室に足音だけが響く。電気をつけると、小柄な少女が壁にもたれたまま、だらしなくこちらを見た。

「ミント。起きろやコラァ」

 彼女−ミント・ブラマンジュの瞳にはまったく生気がない。

エロゲーの調教済みキャラみたいな絶望的な目してんじゃねーよ。ハイライトがない目なんて、お前バッフクランかっつーの」

 ミントは俺のほうにぐらりと首を傾けた。

「バッフ…?」

「バッフクランだ、ボケ!イデオンに出てくる悪者だ、異星人だ、ええおい、そういやあお前も異星人だよなあギャーハハハハ」

 ミントが目を伏せる。なんだか俺は頭にきて、ミントのやわらかい横っ腹をいつものように思い切り蹴飛ばした。ストレスがたまったときはこれに限る。よく考えると今日は工場帰りでそのまま安全靴で帰ってきたので、相当重い蹴りが入ったはずだ。

「お前、今俺のことオタクだと思っただろ!イタイやつだって思っただろ!いまどきイデオンなんか誰も見てねーよって、ハァ?女の子にアニメの話題ですかこの引きこもりはぁ?とかよう!バーカバーカ最近キッズステーションでやったんだよ!畜生、俺の年収が低いからって馬鹿にしやがって…」

 ミントの体重は軽い。もともと軽かったが、ろくに栄養を与えず放置していたり、日光に当てたりしたことがないので余計に体重が減っていた。ミントは蹴り上げられて少し宙に浮いて、薄暗い地下室のすみまでごろごろと転がっていった。ミントはうつぶせになって動かない。

 そのまま放置していてもミントは動こうとしなかった。しかし、俺がかばんを開けてドッグフードを取り出すと、そのにおいにつられたのか向くりと顔だけをあげる。数々の虐待や暴行で晴れ上がった顔に、かすかに食事への期待が浮かんでいるのが見て取れた。

 だめだ。やっぱりムカつく。こういうこいつの浅ましいところ、それでいて決して俺に屈しないところ。こいつは俺がどんなに殴っても、犯しても、めったに心まで俺に屈しないのだ。今こうして餌をやろうとしても、決して自分から口に出して要求してこない。

「お前みたいな不届きなアニメキャラには食事の前に、お仕置きが必要だ」

 俺はいつものようにミントに一番効果のある方法で苦痛を与えることにした。これならミントを屈服させることができる。

「テレパシストも大変だよなあ。俺も電波で苦労したくちなんだ。だからお前のことはよくわかるのに…」

 腹立たしい。

「なんだって思い通りにならないんだ!お前、俺の心はわかってるんだろう!畜生!お前なんか、こうしてやる!」

 ミントは俺の意図を察したらしく、即座に例の犬耳をふさぐしぐさをして見せた。しかし、そんなことでやつのテレパスを抑えることができないのは、ミント自身がよく知っているはずなんだが。

 実のところこの一週間というもの、俺はNHKスペシャル・映像の世紀を見てきていたのだ。見るものといえばアニメかROCKIN' ON JAPAN位しかないおれにとって、それは苦行と呼ぶにふさわしいものだった。

「クックックッ。電波だろ?お前も脳ラジオの周波数帯が毒電波隊にプリセットされてるんだろ?大変だよなあ、お互い」

 ♪ちゃららら〜ちゃらららららら〜ららら〜

 イントロ部分でミントの表情がこわばるのがわかる。そうだ、おととしもこれをやったなあ。めちゃくちゃに犯しまくっても音を上げなかったミントもこの攻撃にはどうしようもなかったのだ。ちょっとおそくなったけど、素敵なクリスマスだろ、ミント?

 

 

「おねがいです、もう、およしになってください…」

 ミントが音を上げたのはそれから346分後、俺の脳内で第5集「世界は地獄を見た」の再生が佳境に差し掛かり、アウシュビッツの様子を電波で飛ばしたときだった。ブルドーザーで土くれのように集められる死体の情景がミントの脳に達したらしい。ミントは口から吐しゃ物を出してのたうった。もっともはくものは胃の中にはなく、ミントが吐いたのはほとんど胃液だけだ。

「おねがいです!およしになって!およしになって!あああ!」

 

 俺はげらげらわらいながら脳内再生を続ける。時間がたつのも忘れてミントがのたうつ有様を眺めた。




  ミントに覚せい剤を注射するのは俺にとってとても心地よいものだった.溶液がミントの二の腕に注射針を通して注入される様を、ミントは呆然と見ている.その表情はどこかうっとりしておりこいつの、このおんなのあさましい一面を見るような気がして俺は−腹を立てた.

 掛布のサイン入り木製バットを手にとったが、危うくそれを振りまわすのをやめる.これで一度ミントを殺しかけたのだ.おかげで今ではミントは2、3歳くらいの幼児程度の会話しかできない。

「なんも心配せんでええねん。おまえはそこでそうしておとなしゅうすわっとったら、そんでええねん」

 地下室の薄暗く埃っぽい空気の中、ミントになんとなく言ってみた.

「おまえのことをわかってやれるのは俺だけや.そやから、おまえは俺のところにおるんがいちばんええんや」

 ミントは最初俯いてそれを聞いていた.こちらから見ても、連日の殴打ではれ上がった頬やまぶたが痛々しい.いや、痛々しいって、俺がやったんだけれども.そんなことより俺は俺自身が出した言葉のやさしさに驚き、かつ身震いした.

 そのとき、ミントは笑った.酷い顔をしていて、かわいらしさのかけらもなくなっていたミントだったが、それでも少女らしく笑った.

「ああ〜、薬が効いてきてゆめごごちでちゅわ。こんな原始時代みたいなローテクの惑星のきちがいのもとで副作用がものすごい麻薬を頂くなんて、あは、あは、あは、えへへへへへへへうfげsだjほdxh」

 何の事はない。シャブのおかげで脳が活性化しただけのことだ.

 俺はやさしい言葉をかけたことを後悔しつつ、掛布のバットを握り締めた.



 

 

夢を咲かせよ 球場の空に そして我等の この胸に

GO! GO! 掛布 GO! GO! 掛布 ペナントレースの 花と咲け

 

 

 

 俺はいつものようにミントが黙り込むまで素振りに没頭した.今年も頑張れ、阪神タイガース