終戦記念日

「知世ちゃん、ラジオの用意が出来ました」
 僕がそう言うと知世ちゃんは広げていた冊子を閉じた。
「いよいよですわね」
 知世ちゃんが執務机から立ち上がる。
「戦藻録…15冊で終わりになりますわ」
 

 ラジオの状態は悪かった。僅かに「残虐なる爆弾を使用し」とか、「耐えがたきを耐え」といった言葉が聞こえてくるだけ。しかし、確かに玉音だった。真昼の鹿屋基地はうだるような暑さで、誰一人として会話を交わすものはいない。蝉の鳴き声にまぎれてすすり泣く兵たちの姿と声があるのみだった。


天皇陛下万歳
 音頭は僕が取った。皇居に向かって三唱する。それが終わると知世ちゃんは静かに呟いた。
艦爆を滑走路に出してください。私は沖縄に突入しますわ」
 知世ちゃんは僕のほうを見つめた。まっすぐな瞳だった。
「では、操縦は私が」
 一応僕は操縦員上がりだ。艦爆の車引きくらいはできる。すると、
「私もお供します」「私も」
 見ればほとんどの人間が詰め寄っている。知世ちゃんは感極まった風で、長男や妻帯者、若年搭乗員を残して第五航空艦隊最後の特攻に随伴することを許した。搭乗割に漏れた乗員は文字通り血涙を流したが知世ちゃんは頑として受け入れなかった。

「七○一空大分派遣隊は、彗星艦爆五機を以って沖縄に於ける米艦隊を攻撃すべし、本職これを直率す」
 命令書を作成し、知世ちゃんにサインを求めた。僕の手は少し震えていたけれど知世ちゃんは見事な筆跡で命令書にサインをした。筆を進める小さくて白い手が美しく見えた。


 総員帽振れに見送られて彗星艦上爆撃機五機が鹿屋基地を飛び立ち、沖縄に遊弋する米艦隊に向け最後の攻撃をおこなった。なお、この攻撃による戦果は確認されていない。