への七号(その1)

 私がこの気高くも美しい少女と出遭ったのは、三年も前のことになる。
 春先から丘のうえの大きな洋館に越してきた彼女のことを、この町の人は誰も不自然には感じていなかった。今にして思えば、まだ年の頃も小学生から―大きくても中学一年生位の外見の彼女が昼間から学校にもいかず、町をぶらぶらしていたのはずいぶん奇妙なことだったのだが。

「ただいま、メテオさん」
「おかえりなさい、ですわ」

 あまり広いとはいえないマンションの一室に、いま私は彼女と住んでいる。平凡なサラリーマンでしかない私の収入ではこれが精一杯なのだ。しかし彼女が部屋について不平を漏らしたことは一度とてなかった。
 緑髪も麗しい彼女のこころは今日も沈んでいるようにみえた。ダイニングキッチンのテーブルにひじをついて座って、物憂げにしている。

「今日もへの七号はつつがなく仕事を終えました。何か新しい任務はございますか」
「ないわ」

 への七号。彼女が私につけた符丁だった。出会った頃、彼女はいきなり私のことをそう呼び、そうして私はそう呼ばれることを何の抵抗もなく受け入れた。奇妙な力によって私は自己の意志を彼女の都合のいいように変更させられていたことは、あとから知った。
 そのことを知った時私は少し笑ってしまった。
 なぜなら、そんな怪しげな力など使わなくても私の心はこの少女に奪われていたからだ。
 その力の拘束力がなくなったとき、メテオさんはとても寂しそうに、不安そうに私のほうを見つめた。泣いていたのか、目のあたりがぽってりと腫れていて瞳は真っ赤だった。

 なにもかも失ってしまったメテオさん。あの日までの私のメテオさんに対する思いは脅迫的な思慕や畏敬の念だった。イデオロギー的なメテオさんへの帰依。けれど、あの日を境に私に芽生えたのは彼女に対する保護欲求だった。
 頼るものはなく。目指すべき人生の道しるべもなく。
 それでも彼女は王女なのだ。王族の娘なのだ。風岡夫妻が事故でなくなったとき、メテオさんにすべての遺産を相続する旨遺書が書き残してあったという。しかしメテオさんは風岡夫妻の全遺産をボランティア団体に寄付し、自分のためには一円たりとも、一平米の土地すらも残さなかった。もし私がへの七号であることをやめてしまっていたら、メテオさんは生きる術を失っていただろう。それでもメテオさんは遺産を受け取らなかった。
 この気高さをまもらなければ。私の所謂「保護欲」は同時に義務であり、崇高な使命なのだ。