への七号(その2)

「食事を作りましたわ」
 メテオさんが呟く。元気がないのだろうか、と気にやんでいたのだが、どうやら恥ずかしがっているらしい。
「もったいない、姫様」
「姫様はおよしになってと言ってますわ。それより食べるがいいわ。への7号」
 つい癖でメテオさんのことを姫様と呼んでしまった。事実それだけの気品と風格を備えているのだ。あの、平和なトライアングル星雲を突然戦乱の渦に巻き込んだ、精神異常者コメットとは比べ物にならない。
「では、ありがたく…」
 メテオさんは丁寧に昆布でだしをとった大根の味噌汁と、鯵の干物、野菜を煮たものなど、どれをとっても見事な手腕で調理していた。わずかな期間で地球式の調理をマスターしてしまったのだ。
 私はメテオさんのあの高笑いが見たくてついおどけてしまった。
「見事です姫様。さすが星国の王女。さぞや・・・」
 そこまで言って私はメテオさんを泣かしてしまったことに気がついた。そうだ、こんなことは庶民の仕事だ。だが、慈悲深い彼女はそのことを悲しんでいるのではなかった。
「ムークにも食べて欲しかったですわ…」
 お供の不思議な生き物のことをメテオさんは”ムーク”と呼んでいた。執事のような立場だったのか、ムークが生きている間は何かと口やかましくメテオさんのすることに口を挟んでいた。
 しかし彼はもういない。きちがいコメットの放った刺客からメテオさんを逃がすため、囮となったのだ。あの時メテオさんは泣かなかった。しかしふとしたことで彼女はムークのことや、きちがいコメットが滅ぼした星国の民衆のことで泣き叫ぶようになった。
(さぞやムークさんも喜んでいるでしょう)
 私は心の中で思った。


 我に帰った私は手を合わせて食事を取った。片付けは私がすることにしている。涙を拭いたメテオさんはそれも自分がやるというのだが、それだけは頑として譲らなかった。

 食事を取った後、入り口近くの洋間に入る。戸棚を空け、中を確かめた。
 M16A2自動小銃、2丁。30連弾倉10個。M3”グリースガン”短機関銃。ベレッタM92F自動拳銃1丁。弾倉3個。攻撃型手榴弾、閃光手榴弾。110mm個人携帯対戦車弾。84mm無反動砲”カールグスタフ”。スティンガー携帯地対空誘導弾。79式対舟艇対戦車誘導弾。その他、高性能爆薬、地雷、パッシブセンサー、音響センサー、振動センサー。広帯域無線妨害装置。
 6畳ほどの洋間の壁にはありとあらゆる火器類が置かれていた。会社から持ち帰ったスーツケースをその部屋の隅に置き、M16のうち一丁をラックから外して真ん中のテーブルの上に置く。
 もはや目をつぶっても分解できることができるようになったそれを解体してゆく。米軍の横流し品だが、程度はいい。稼動部にはたっぷりとグリスを塗布し、部品の磨耗具合を確かめた。
「くるのかしら、コメット」
 メテオさんは銃の分解整備に没頭する私の背中から声をかけてきた。
「ハッタリが効いたは思えませんね。やつら、手段を選びませんから。来る、と考えて行動すべきでしょう」
 メテオさんは私の対面に座るともう一丁の短機関銃を分解し始めた。骨董品のそれはかなりやれた印象があったが、メテオさんの体格では短機関銃を使わせるのですら気がひける。
 メテオさんもすっかり銃の扱いに慣れてしまった。初めて休日に山奥でフル・オート射撃をしたときには、いつものかんしゃくを起こすほど驚いてしまったのに。

 メテオさんは強い。銃の機関部を器用にばらしていく彼女を見ていると、そう思わずにはいられない。細い腕、白くしなやかな細い指。それが迷いもなくまがまがしい凶器を部品の山に変えてゆく。そして、また―組み上げるのだ。
 不意に、メテオさんが顔を上げる。
「への七号」
「はい」
 美しい眉がすこし吊り上っている。毅然とした表情。彼女の気品は星力のみによるものではなかったのだ。
「よろしいのですね」
 何度、彼女はこの問いを発したことだろう。はじめにこの問いを発したとき、彼女は泣いていた。
「無論です」
 何の依存があろうか。気高くも美しいメテオ王女。
 満足そうに頷くと、メテオさんは再び短機関銃の組み立てに取り掛かった。