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「天気の悪い日は、頭が痛くなるんだよね」
夕食後の居間で、僕は呟いた。いや、ともよちゃんにぼやいた、といったほうがいいかもしれない。食後、ともよちゃんは紅茶を、僕は番茶を啜る。あまりいい暮らしはできないのだけれど、せめてお茶くらいはと思って、ともよちゃんにはなにやら難しい名前の紅茶を買ってあげた。あいにくと僕は日本茶党で、しかも安いお茶のほうが好きなのでともよちゃんに付き合うことができない。ともよちゃんも最初は遠慮していたが、最近はあまり申しわけなさそうにすることもなく紅茶を淹れているようだ。
「まあ、いけませんわ、それは」
テーブルから立ち上がるとともよちゃんは立ち上がって薬箱を取ってこようとした。
「あー、だめだめともよちゃん、くすり売りの置いてった奴じゃ効かないから」
ともよちゃんが留守番しているとき、配置薬の行商が来て無理に置いていったのだ。どうもともよちゃんは無防備なところがあって、家にいるときはチェーンロックはおろか錠前すら掛けていないことがある。育ちがいいせいだろうか。
ともよちゃんは薬箱に手をかけて、そしてこちらを怪訝そうに見た。
「そんなに、ひどいんですの?」
なんだか悲しそうな顔をする。人のことを心配できるような状態じゃないのに。
「酷くないよ。どうにも頭痛薬は効かないんだよ」
嘘だった。スーツの胸ポケットにはいつもピリン系の頭痛薬を入れてあるし、筋弛緩剤も持ち歩いている。ただ、少々の痛みで使うと耐性がついてしまうのが恐ろしかっただけだ。
「おかわいそう・・・」
「大丈夫、だよ」
ともよちゃんは僕の部屋へ行って寝床を準備してくれた。病人じゃないんだから布団の上げ下ろしくらい、などというとともよちゃんはすこし困ったような顔をした。ともよちゃんの困ったような顔は、なんだか泣いているような顔で僕の心を締め付けた。それで、結局食器の後片付けまでともよちゃんにやってもらった。
「さあ、もうお休みになってくださいな」
あまり眠くはなかったけれど、ともよちゃんの好意に甘えることにする。
とてて。とともよちゃんは台所へ行って、水差しとコップを持ってきて枕元に置いてくれた。本当に、よく気のつく子だ。
30分もたったろうか。ともよちゃんが正座して僕を見守っているので、僕も頑張って眠ろうとしたのだけれど、そう簡単に眠れるものじゃない。それどころか頭がずきずきしてきた。
「ともよちゃんも眠る時間だよ、ぼくはいいから」
そう言ってもともよちゃんは首を横に振った。彼女にはそういう頑固なところが多分にある。
「いいえ、今日はお休みになるまでここにいさせていただきますわ」
と。ともよちゃんはなにかをおもいついたのか。
「そうですわ」
ふわりと。やわらかくてつめたい手が僕の布団の中の手に触れた。ともよちゃんは僕の右手を布団から取り出して。
僕の手を握ってくれた。
「すこし、照れくさいね」
「ふふ」
ともよちゃんは僕の手を彼女の胸元にさも大切そうにもっていくと。綺麗な声で歌い始めた。
あ。
外国の子守唄だろうか。美しい声と旋律。
「なんだか」
僕はともよちゃんに話しかけた。ともよちゃんはその歌を歌い続けながら僕の顔を見ている。
「眠るのがもったいないね」
ともよちゃんは歌いながら、やわらかくほほえんだ。
頭痛が消え、僕はいつの間にか眠ってしまった。