藤吉家に仕掛けておいたパッシブセンサーが反応したのはその日の夜中だった。警報音が管制システムのスピーカーから鳴る。おそらく誤報だろう、私はそう思いつつも半目を開け、ベッドからモニターを見る。センサーに連動した隠しカメラの映像がモニターに映し出された。
 いつものように小動物か何かの侵入か。そう思っていると管制システムがまた警報を発した。今度は別の場所の熱感知センサー。そして、連動システムが画像を送ってくる。
 なにか、おかしい。そう思っていると、玄関先に奇妙な物体が何体か写っている。私がベッドから抜け出すとメテオさんも起きてきた。ノックもなく私の部屋に入ってくる。
「メテオさん、これは」
 モニターを見つめた彼女は眉をひそめた。
「バッタビト」
 はあ、と私はつぶやいた。星ビトか。
 と。いきなりモニターの画像が途切れる。管制システムのアラート音。回路切断警報。
「まさか、奴ら」
「そうね。偵察に来ているわ。藤吉家の安全を確保しに来た、といったところかしら。バッタビトは今のコメットが持っている中で一番使える手駒よ。あのナリで、一応兵隊なんだから」
 デフォルメされ、擬人化された昆虫のような外見の彼らはよく見ると手に凶器のような何かを持っていた。
「メテオさん、つまり―」
「そうよ。奴らは来たのよ」
 メテオさんは立ち上がった。機敏な動作で部屋を出る。
 こうした時の行動は決めてあった。まず夜間用の迷彩服に着替えて藤吉家近辺へ移動。そして。
 5分後、メテオさんと私は4輪駆動車の中にいた。家を出て藤吉家まで10分とかからない。
「メテオさん」
 林道に車を乗り入れた私はハンドルに神経をとられながらも聞いた。
「200メートルのスナイピング。M16セミオートで。タマは―」
「わかってるわ」
 メテオさんは不機嫌そうだった。髪留めで彼女はぎゅっと自分の髪を纏め上げた。シートベルトのせいで窮屈そうに前屈しながらブーツの紐を結ぶ。
「狙撃はメテオさんに任せます。私はスポッターを」
 メテオさんは答えない。持ち込んだパソコンに連動した藤吉家の警報システムがまた作動する。
「この位置なら」
 ちらりとセンサーの位置を確認して。
「南西側の丘から狙撃しましょう。見下ろしの位置になるし、ブッシュに隠れて相手からは発見されにくい」
 メテオさんは私の言うことには答えず、身体をひねって後部座席のライフルを取り出した。薬室に弾を装填し、グリップの手触りを確かめる。
「あなた方人間は」
 突然、メテオさんが話しかけてきた。すこし沈んだ声だ。
「地球人たちは愚かな殺し合いを続けている。でも星国には久しくそんな血なまぐさいことは起きていなかった。歴史の教科書にも戦争の記述はなかったのよ。本当よ。でも」
 運転に手一杯で、私にはちらりと見るだけではメテオさんの表情はわからない。
「コメットはその封印を破った。そして星国の者たちは血に狂った。コメットの狂気に酔った。そうしてその尖兵が今から私たちが」
 すう、と息を吸って。彼女は決然と言った。
「私たちが、殺す、バッタビトたちよ」
 メテオさんの苦悩は私にはわからない。同族殺し。かつて彼女の力の源であった星ビトを手に掛ける、その罪の意識の大きさ。まして彼女は彼らを統べる立場であったのだ。
「メテオさん、私はあなたが常々おっしゃってた通り愚か者で、馬鹿ですがそれでも」
「およしになって、への七号」
 駄目だ。彼女に慰めや同情など通じない。繊細さと大胆さ。激しさと、優しさ。そうしたまるで我々地球人のような感情の変化を見せながら、心の奥深いところではあくまで気高い。
「それより、への七号、そろそろ」
「ええ、わかってます」
 4駆のヘッド・ライトを消す。とたんに真っ暗になった。走行音を下げるためもあり、極端に低速で走る。
 やがて、狙撃地点―藤吉家南西の高台のふもとに到着した。すばやく暗視双眼鏡と三脚を担ぎ、拳銃をヒップ・ホルスターに放り込む。メテオさんは小銃を手に車から降り立った。迷彩服姿もなかなか堂に入ったものだったが、彼女に見とれる暇もなくすばやく高台を駆け上がる。
 三脚をセットした。双眼鏡をマウントし、覗き込む。
 ―いる。
 あの奇妙でファニーな、そしてまがまがしい槍のような何かを持つ昆虫のような生き物が。
「さん、しい、ごお」
 六匹。
「メテオさん」
「六人ね」
 ライフルのスコープで藤吉家の様子を伺っていたメテオさんが答えた。
「たぶん六人で間違いないわ。偵察部隊の一個単位よ」
「軒下を探ってますね。爆発物を探しに来たんだ。しかし―6人とは、なめられたものですね。奴ら、周囲の警戒もしていない。こちらが爆発物を仕掛けたことを本当だと受け取っているなら、こっちが見張っていることも考慮に入れていてもよさそうなものなのに」
 そうだ。奴らは戦い慣れしていない。根本的な部分で。
 争いのない世界。戦いのない世界。ついこの間まで、そんな世界の住人だったのだ。索敵は戦いの基本だが、そんなことすら知らないのだ。
「まったく、馬鹿にしている」
「そのツケはあいつら自身が払うのよ」
 メテオさんは立ち上がった。
「メテオさん、ちょっと、何を」
「狙撃するのよ」
「なら、伏射で」
 メテオさんは口をあけて笑った。
「ご冗談でしょう?私の服が汚れてしまいますわ。せっかくあなたに貢がせた服なのに」
 一瞬。ぽかんとした。こんな色気もへったくれもない服を貢いだ、などと。いや、それよりも。
「立射で充分よ。200メートルなら目をつぶっても当てて見せるわ」
「けれどもし外して奴らに反撃されたら」
「おだまり」
 毅然と言い放つと、メテオさんはライフルに赤外線スコープを装着して安全装置を外した。
 メテオさんに狙撃をさせるのには理由がある。一つには、彼女が星国と決別するために自ら言い出したことであること。それと。
セミ・オートで2発ずつ。頭と、腹に。ただしひとりは致命傷にならないよう手足に一発ずつ。それでいいわね、への七号?」
 彼女の圧倒的な実力による。星力を得るときに用いていた集中力。魔力の発揮のための鍛錬が、彼女の中にあった恐るべきスナイパーとしての資質を目覚めさせた。800メートルまでは必中距離。200メートルでの狙撃など、もはや狙撃とは言いがたい。
 ただ懸念材料としては―彼女にとってはこれがはじめての実戦なのだ。
 同族殺し。彼女にそれが出来るのか。
 かまわない。出来なくても。彼女がそれをしてまで生き延びたくないというのなら。それならばせめて彼女の側で一緒に死んであげたかった。
「結構です。メテオさん」
 私は全てをメテオさんに任せた。そして。
 瞬間。銃声が響いた。ガン、ガン、ガン。正確に、まるで時計のように同じ感覚で12回。そして私が覗いていた双眼鏡の中では、バッタビトたちが脳漿を撒き散らし、はらわたを飛び散らせて絶命していった。私はあまりの鮮やかなメテオさんの手並みに驚きながらも、まだ熱い薬莢を空中で受け止めて行った。
「見事―」
 メテオさんを褒め称えようと双眼鏡から目を離す。メテオさんは唇をかみ締めていた。ライフルを構えたまま微塵も動かない。心なしか震えているようですらある。
「わたくし、星ビトを」
 呆然として。しかし彼女は私のほうを振り向くと口元を吊り上げて見せた。不自然な笑いだった。
「どう、でしたかしら、わたくしの腕前―」
 そこまで言うと彼女はうっ、と口元を押さえてかがんだ。暗がりの中でよくわからなかったが、よく見ると顔色が悪い。
「メテオさん」
 私は彼女に近づこうとした。しかし。
「大丈夫よ、への7号。どうということはないわ。それより」
 手のひらをかざして、私を遠ざける仕草。
「生き残りを、締め上げてやる仕事が残っているでしょう?」
「しかし」
「大丈夫よ。何度も言わせないで」
 メテオさんは立ち上がった。彼女のこうしたところには敬服する。
「行きましょう。生き残りが逃げ出すと厄介だわ」
 口元を手で押さえつつも、メテオさんは歩き出した。