「殺せ!」
 藤吉家から遠く離れた高台まで運び上げたバッタビトが叫んだ。他の5体のバッタビトもすでに藤吉家から草むらの中に引き込んである。私は冷然と奇妙なその生き物を眺め下ろした。
「殺せ、だと?」
 3対あるその生物の足は右上腕と左下肢を損傷し、自立歩行は出来ないようだ。
「ほお、お前、俺がお前を殺す以外のことを考えているとでも思ったか」
「このバッタビト」
 メテオさんがおそるおそる、こちらを伺っている。いやな仕事だから、メテオさんにはついてこないように頼んだのだが彼女は頑として譲らなかった。
「メテオさん。さがって」
「―いえ。このバッタビト、ずいぶんと大きい」
「え?それは…いえ、とにかく下がってください」
 バッタビトが目をむく。
カスタネット星国の―メテオ様!」
 私は腰に下げていた軍刀を抜き放つと刃を返して、バッタビトの頬に叩きつけた。勿論刃のついていないほうでだ。こいつにはいろいろ聞かねばならぬことがある。だが。
「気安くその名前を口にするんじゃあない、虫野郎。貴様は、ゴミだ。一つ言っておくが」
 私は刃を再び返すと、バッタビトの顔先に近づけた。
「俺は貴様らが苦しむさまを見るのが大好きだ。なんなら、今すぐこの場で首を切り取って糞を流し込むぞ」
 バッタビトはひい、と声を漏らして木の幹に倒れこむ。まるでさっきまでの威勢はない。
 私はメテオさんの方をちらりと見やった。メテオさんは俯いて、そして踵を返して、木立の中へと分け入っていった。私は内心胸をなで下ろした。メテオさんにこの光景はあまりにも残酷すぎる。だがメテオさんはさほど奥まで行かなかった。木々の間からじっとこちらを伺っているはずだ。
「貴様、随分とクソ虫の中じゃあでかいそうじゃないか。まるで、そびえたつ糞だな」
「ひい」
 軍刀を上段に振りかぶり、バッタビトの左腕に叩きつける。体液とともに細い虫の脚が、飛んだ。
「なかなか風流な泣き声を出さないな、クソ虫君。おまえ、星国で一体どれだけの星ビトを殺した?何人犯した?」
「畜生…」
 バッタビトは気を失う。水筒の水を頭からかけると、すぐに奴は目覚めた。
「悪夢の続きだよ。お目覚めはいかがかな?おフェラ豚」
 背中に視線を感じる。メテオさんの視線。焼け付くように、こちらを見ている。きっと彼女は罪悪感にさいなまれていることだろう。だが、これはもはや戦争なのだ。それならば容赦はしない。
「12人、です」
「ああ?」
「12人、犯しました。殺しのほうは、一体、どれほど殺したのか。」
 がさり。背後の森の中で何かを取り落とした物音。メテオさん、聞いているのか。出来れば聞かせたくないのだが、彼女にとってそれは義務なのかもしれない。
カスタネット星国でも、ハモニカ星国でも、タンバリン星国でも。あ、あ、メテオ王女」
「その名を口にするなといっている!」
 私はバッタビトの軍服を切り裂いて、陰茎を露出させた。細長い虫の生殖器はグロテスクで、こいつらが平和な星国を蹂躙して回ったのだと思うと腹が立ち、そうしてそれはそのまま私へ向けての自嘲でも会った。
「いいか、お前に選択の余地はない。こちらの質問に答えろ」
 バッタビトはおもちゃのように首を縦に振った。奴の陰茎には軍刀が添えられている。
「何故警告したのに藤吉家を探ろうとした?コメットには手出しをすればコメットにかかわるすべてのものを破壊すると告げてあるはずだ。貴様らの独断か?」
「いや、その」
 ずぶりと。奴の陰茎に軍刀がめり込む。いい切れ味だった。奴はぎゃあ、という情けない悲鳴を上げた。
「簡潔に答えろ。それともさっさと切り落としてやろうか?」
「コココ、コメットさまです!コメット様のご命令です!本当です!それ以上何も聞かされていないんです!爆発物を探せと、それだけの命令です!」
 コメットめ。やはり、単なる脅しとしか受け取っていなかったのか。
「そうか。信じてやろう。次の質問だ。お前たちにメテオ様を害する意図があるのか」
「滅相も」
 さらに、軍刀がめり込む。もはやバッタビトの醜い茎の、半分ほどまで刃が入っていた。何度目かの悲鳴。
「正直に言えば?痛い思いをするだけだ」
 バッタビトは慌てふためいて、
「はい!はい!はい!メテオ様を殺すように、命じられてきました。メテオ様を」
 そのとき。腕に余計な力が入った。
「ああああああああああ!」
 バッタビトの咆哮。
 私は奴の陰部を切り落としていた。
「だから、言ったんだ。下司野郎がその尊い名を口にするなと」
 股間を押さえて絶叫するバッタビト。もはや、正気を失いつつある。
「こ、こ、こ」
 震えるバッタビト。何も声にならないようだ。
「殺さないで、くだ、さい」
 奴はやっとそれだけ言った。私は悲しい表情で首を振った。
「すまないなあ、お前には2つの選択肢しかないんだよ。このまま生きたまま八つ裂きにされて、体液を垂れ流して苦しみのたうちながら一週間ほどかけて殺されるか、それとも俺に有益な情報を提供してあっさり殺されるか。さあ、どっちだ?」

 バッタビトは再び気を失った。私はそこではじめて後ろを振り返り、そうしてメテオさんを見やった。木立の奥、以外に近いところにメテオさんはいた。
「終わったの?」
 自動小銃に銃剣を着剣したメテオさんは蒼白な顔で聞いた。
「たぶん、これ以上は。申しわけありません。すこし、追い詰めすぎました」
 メテオさんは酷く落ち込んでいる。無理もない、あんなものを見せられては。しかしメテオさんは気丈にもきっ、と歯を食いしばった。
「有難うへの7号。おかげでコメットの意図がわかったわ」
「違いますよ、メテオさん」
 メテオさんは小首をかしげる
「どういうこと?」
「あなたの命令でやったのではないのです。だから、あなたが気に病むことはありません。あなたのせいではないのです」
 考え込むそぶり。そして、じんわりと彼女は涙を浮かべた。
「有難う。けれど」
 そのとき。背後で物音がした。メテオさんの目が大きく見開かれる。がちゃり、という金属音。私は振り返った。
 気を失ったはずのバッタビトが、猛然とこっちに突進してくる。奇妙な槍のような武器を腰だめに構えていた。軍刀を振りかぶろうとするが、間に合わない。それほど猛烈な突進だった。
 ―だめだ、間に合わない。そんな、せめてメテオさんだけでもここから逃がさないと。そう思ってにげろ、と声を上げようとした、そのとき。
 目の前に、緑色の髪が、あった。
 バッタビトの腹部を一突き。メテオさんの構えた銃剣は完全にバッタビトの急所を捕らえていた。
 一瞬、時が止まったように、何もかもが静止した。メテオさんの荒い息遣い。鼓動さえも聞こえるようだ。
 バッタビトの得物は、私の体の数センチ手前で突進を止めていた。
「メテオ、さん―」
 私はようやく、それだけを言った。やがてゆっくりとバッタビトが倒れ、ずるりとメテオさんの手から伸びた銃の先の銃剣が、バッタビトの体内から抜けた。
「銃剣は」
 メテオさんが呟く。
「銃剣は攻撃衝動を補強する。近代戦においても歩兵の戦意を昂揚させる意味で、銃剣という武器は重用されている。故に」
「メテオさん」
 我に返ったメテオさん。
「わたくし、星ビトを。いいえ、もうすでに五人殺していましたわ。わたくしは。わたくしは」
「メテオさん!違う。銃も、銃剣の使い方も私がお教えしたのです!いまおっしゃったことも私の講義の一つです」
「わたくしは、星ビトを。これで、6人目。地球では、日本では4人殺すと間違いなく死刑でしたわね」
「違うって言っているだろう!正当防衛だ!あなたを殺す目的で奴らは来ているんだ。お願いだ、生き延びよう、メテオさん!」
 肩を、強く揺する。揺さぶる。がくがくと、メテオさんの首が上下に揺れた。メテオさんはやや正気を取り戻したのか。虚ろだったが、それでも私の目を見た。
「そうですわ。そう。そうですわ。生き延びるの。カスタネット星国の最後の一人として」
「そうですとも。ああ、乱暴にして申しわけありませんでした。さあ、こんなところはやく」
 そのとき。間の抜けた電子音が聞こえた。携帯電話かと思ったが、今日はそんなものは持ち歩いていない。その電子音は、バッタビトの軍服の中から聞こえてきた。
「メテオさん、下がっていてください」
 メテオさんの肩を押す。トラップを警戒したのだ。そして慎重にその音源を探す。バッタビトの体液に染まった軍服の胸ポケット。「これか」
 星型の、突起のついた手のひら大の何か。やはり爆発物か、そう考えてすばやくそれを放り投げようとすると出し抜けにその星型の小物が二つに分かれ、開いた。
「―あ」
 コメット。私は瞬時に血が沸き立つのを感じた。
 二つに分かれた星型の小物は丁度画面つきの携帯電話のようだった。その画面の中、コメットは笑っている。
「コメット」
「あなたは、地球人?」
 落ち着いた声で。コメットは話しかけた。
「ああ。地球人だがカスタネット星国の亡命政府の軍事顧問だ。一体、何のつもりだ」
 コメットが笑っている。
「わかっていて、やっているのね、あなた。作戦なんでしょ、それが」
 何の話だ。コメットはまるで表情を変えない。
「訳のわからないことを言うな、このきちがいが。いいか、コメット。お前だけは必ず殺す」
「無理よ。あなたがメテオさんの側にいる限り私たちの行動が制限されてしまうように。それに」
 コメットの表情は、まるで変わらない。
「あなたのくだらないハッタリももう聞き飽きたの。それより、メテオさんをこっちに渡して」
「何でお前に渡さなければならない」
「あら。簡単なことよ」
 コメットの表情は変わらない―
「喰うのよ。食べるの」
 俺はその携帯電話とおぼしきものを放り投げた。
「聞こえているな、きちがいコメット!俺は貴様を許さない。メテオさんをこの身が朽ち果てても守り抜いてみせる。コメット!今から俺の言ったことがハッタリかどうか、その一部を見せてやる。貴様が招いたことだ」
 空を仰ぐ。衛星軌道からコメットは何らかの手段でこちらを見ているはずだ。
「見えているな、デバガメ女!このあばずれが!きちがいが!聡明にして高潔なるメテオ王女を守るために、これから貴様の思い出を一つ奪ってやる。これは地球人同士の事件だ。貴様が関与していいことではない!それはわかるんだな、きちがいの癖に!」
 海の方角を指差す。
「貴様のせいだ!コメット!」
 私は携帯送信機を操作した。1447とテンキーを操作して、ボタンを押す。何処か、遠いところで爆音がした。
「きゃああああああ!」
 さっき放り投げた星型の携帯電話から悲鳴が聞こえた。もう一度拾い上げると、画面にコメットの姿はなく、つー、つーという音がスピーカーらしきところから聞こえるだけだった。
「コメット」
 メテオさんが呆然と呟く。
「本当に、狂ったのね、コメット。馬鹿な子」
 メテオさんは正気に戻っていた。
「何を、爆破したの?」
 メテオさんが私に尋ねる。
「藤吉景太朗のクルーザーです。船底にプラスチック爆薬を仕掛けました。沈む、というより吹っ飛ぶ量ですが」
 メテオさんが頷く。そのクルーザーに三島圭佑という青年が景太朗に頼まれて、用心のため寝泊りしているだろうことは黙っておいた。