「まあ、今日はお早いお帰りですのね」
 などと。ともよちゃんが笑って出迎えてくれた。ジムに寄って帰る日だったが、まっすぐ帰ってきたのと変わらない。僕はともよちゃんのおかげだ、というとともよちゃんははにかんで。まあ、なにを−などと、口ごもった。
「いや、その、ともよちゃんのいうとおり集中して体を動かしたら、思ったよりきつくって。ああ、それと持つところを広くしてベンチプレスやるっていうの,うまくいったよ。もう腕があがらないよ」
 ともよちゃんは自分のことのように喜んでくれた。そして、ともよちゃんも今日はひとりで買い物に行ってきたのだという。僕は少し心配だった。けれど無事ともよちゃんはスーパーマーケットまで行ったらしい。
 今度は一人で電車に乗る。今度は一人で学校に行く。今度は,一人で。
 寂しさもある。けれど、それをうれしいと感じることのほうが上回っている、そんな自分がすこし誇らしかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ところでともよちゃん、例の件だけど考えてくれた?」
 夕食の後、僕は努めて平然と言った。けれどともよちゃんはすぐに真っ赤になって俯いてしまった。
「あの、ど、どうしても…」
 ともよちゃんは目を合わせようとしない。
「あ、やっぱり嫌だったか」
「いえ、嫌というわけでは」
 ともよちゃんがじゅうたんに指を突き立てて何かぐりぐりと文字を書いている。僕はあーあ、とことさらに落胆した風を装って、
「やっぱり…僕の頼みなんか聞けないよね。こんな奴の頼みなんか」
「いえ、その」
 ともよちゃんは意を決して言った。
「恥ずかしいだけです。嫌というわけでは」
「そうか、じゃあこの服に着替えて」
 僕は女子中学生の制服を取り出した。すこしだらしない笑いを浮かべていたかもしれない。
「はじめは大変かもしれないけど、慣れだよ,慣れ。やっているうちにちょっとずつきもちよくなっていくかも知れないよ。いろいろと話を聞いたけど、みんな最初は大変なんだって。でもやってるうちにもうノリノリになっちゃって。いつのまにかともよちゃんのほうが気持ちよくなっているかもしれない。そういうものらしいよ」
 ともよちゃんは赤くなって下を向いたままだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ええと、その……おまえなんか、猫のう…」
「あああ!ちがうよともよちゃん!そこじゃなくてここの3行目!」
「ええと、その…姉さんを3年もほっとくなんて、その」
 ちらり、と上目遣いに僕を見るともよちゃん。手に台本を持っている。
「駄目じゃないかともよちゃん、これもリハビリの一環なんだから。ちゃんとやらないと。あ、いや、できたらちゃんと、やってほしいな…。いや、僕がこんなことを言う資格はないのはわかっているんだ」
「そんな!…ええと、その。姉さんがかわいそう。村田さん、あなたは卑怯者です」
「ああ、また飛ばした!駄目じゃないか!ともよちゃん!あ、いや、その…だめだよ、そんなふうじゃ…いや、僕にそんなことを言う権利なんか」
 僕はリハビリのため、ともよちゃんに過去の失策をネタに男をなじり罵り続ける美少女中学生のロールを与え,それを演じさせていた。こうしてさまざまな役割を演じさせることで失った社会性を回復させるのだ。
「違うよお!もっと鼻にかかったような声なんだよ!カスミンみたいな」
カスミン?」
「見てないの?カスミン
「…はい」
「なんてことだ!」
 
 こうしてさまざまな役割を演じさせることで失った社会性を回復させるのだ。
 
「それにしても,この制服、なんでこんなにきつきつなんですか?」
「ああ、それは高校生になっってるんだけど、3年ぶりに目覚めた姉をびっくりさせないため中学校時代の制服を着てるから」
「はあ…」
 
 こうしてさまざまな役割を演じさせることで失った社会性を回復させるのだ。
 
「でもこのかっこう…」
「じゃあともよちゃんは競泳用の水着のほうが良かったっていうの?ここ部屋の中なんだよ!?」
「いえ…」


 こうしてさまざまな役割を演じさせることで失った社会性を回復させるのだ。