職を失う、ということはやや衝撃的なことではあったが、致命的なことではない。むしろ使える時間が大幅に増えて好都合な面すらある。
 問題は不正に収得した物品−おもに兵器についてだが、この件に関しては考えても始まらない。しかし、おそらく大丈夫ではないのかと思う。会社の体面や自衛隊の信用問題もあるだろう。なにしろ普通科一個中隊はまかなえるだけの火力。
 これだけの火器を持ちだしたのだ。もし露見すれば大変なことになる。マスコミに対して特に神経質になっている自衛隊やその関連企業はこの事実を知っただけで蒼白になるに違いない。私一人が処罰されるだけではすまないことは間違いない。

 むしろそのことよりも難儀だったのはメテオさんをなだめる事だった。彼女は私の離職その他に随分と責任を感じてしまったようだ。
「まあ、いざとなれば土方でもなんでもしますよ。体を動かすのは嫌いじゃあ、ありません」
「だからその言葉使いはおよしになってといったでしょう。それにあなたの安定した生活を損なったことは事実ですわ」
 口調こそ毅然としているものの、動揺は隠せない。これは随分と納得させるのに骨が折れるな、と思いながら話を続ける。彼女は根本的にあまりにも生真面目なのだ。私はつい乱暴な言葉遣いになった。
 腹を立てていたのかもしれない。
「だから、俺が選択したことなんだよ、あなたを守るということは。この程度のことで後悔するなんて、見損なってもらってはこまる」
 メテオさんは不承不承、といった顔つきで肯く。
 もうメテオさんは取り乱したりしない。少しは私のことを信頼してもらえているんだろうか。などと虫のいいことを考える。けれど、本心だった。


 今日の夕方、早い時刻に帰宅した私をメテオさんはいぶかしんだ。私は最初こうなることが予測できたので隠しておこうかとも思ったのだ。しかし彼女の目はごまかせなかった。
 コメットの卑劣さを罵り、そうして彼女自身のことも嘆いた。
 激しい気性気品を持ちながらその実、情にもろい。高貴な生まれながら、あえて言うなら”親近感”が、彼女の魅力のひとつだと思う。

「もう、やめてほしい。あなたのせいでこうなった、などと考えることは」
「でも」
私は思い切って強い調子で言う。
「いや、それは思い上がりだ。以前のようにあなたは宇宙の因果律を操るかのような力を行使できるわけではないのです。星力の悪用を続けているコメットを憎むべきです」
 メテオさんは以前のように、というところですこし眉をひそめた。しかし結局のところ、
「その、言葉使い、やめなさい。わたくしは星国を追われたのですから」
 というだけ。精いっぱい毅然とした態度をとりつづける彼女に、いじらしさすら感じてしまうのは―不敬だろうか。

 今回の解雇で有利になった点もある。まず第一に、メテオさんに昼間も同行できるメリットがある。これまでも皆無とはいいがたかったが、
「コメットの侵攻は星力を最大限に利用できる深夜になってから」
 というメテオさんの言を信じたのだ。それは事実その通りだった。
 しかしコメットが手段を変えてきた以上、もはや昼間も安全とはいいがたい。
 次に、鎌倉という限られた地域で生活する必要がなくなったこと。もちろんコメットにやつのかかわったすべてのものを破壊する、という脅迫を続ける必要もあり今しばらくは鎌倉に居を構えているものの、冬場などは星空が広がらない北方、北海道や東北、ことによると北欧などの海外への移住も考えにいれて避難することも可能になる。星力さえ封じれば、われわれにもチャンスはあるのだ。


 そしてなにより。作戦を抜きにして、メテオさんと一緒にいられる。結局のところ私は彼女のことをよく知らないのだ。
「子供みたいだ。そんなことを喜ぶなんて」
 私はメテオさんが風呂を使っているとき、そんなことをつぶやいた。
 私のこんな思いを彼女に知られたら、メテオさんはどう思うだろう。軽蔑されるだろうか。自分でも、あさましい考えだとは思う。けれど私はメテオさんを敬愛し、信仰している。そのことは彼女に出会ってからいささかもゆるぎない。
 幸いなことに、私には少しの蓄えがあった。遊んで暮らせる、というほどではないにしろしばらくの間はつましく暮らしていけばやっていける。横領した兵器類を横流しすればさらにいくばくかの金銭が手に入るが、それだけはさすがにやる気にはならない。
 
 風呂上がりのメテオさんに話し掛ける。
「何もかもカタがついたら、だけれども」
「ええ」
 ありえない仮定だった。所詮地上を這いまわることしか出来ないわれわれがコメットを打ち滅ぼすなど望むべくもない。
 永遠の逃亡者。そのことは覚悟している。メテオさんと一緒なら、私は。
「どこか遠い国にでも行こうか。そうだなあ、オーストラリアか、ニュージーランドとか。僕は働くよ。メテオさんも、なにかお仕事をするといい。つましい幸せだけれど、そうやって、生きていかないか。そうして、もし」
 私はごくり、とつばを飲み込んだ。
「いい人が見つかれば、その人と人生を共にするといい。あなたはもはや地球人、風岡ミサコなんだ」
 なぜだろう。少し胸にちくりと痛みが走った。
 風呂上がりで上気した顔でメテオさんが微笑む。
「そうね。南半球の星空も見てみたいわ。星の仔たちの声は聞こえなくなるかしら」
「もしかして、つらいの、メテオさん」
 悲鳴が聞こえるという。彼女の星の仔たちへの愛は限りなく深い。激しくて厳しいものだけれども、確固たる信念と責任感に裏付けられていて、そうしてそのことが彼女を苦しめているのかもしれない。しかし。
「もう慣れたわ」
 いまもその声が聞こえているのだろうか。メテオさんはそのことはおくびにも出さなかった。
 風呂からあがったメテオさんは髪をいつものようにポニーテールにまとめず肩に垂らしていた。なんとなくリラックスしてくれているように見えて、私にとっては嬉しかった。メテオさんは顔色を変えて、真剣な顔つきで私を見た。
「でも、いい人が見つかれば、などということはおっしゃらないで。わたくしは」
 メテオさんは鹿爪らしい表情で。
「わたくしは」
 それ以上は言葉にしなかった。

 メテオさんが眠ったところで私は洋間に入り、連動カメラのセッティングを見直した。
 コメットはさらに強引な手段をとってくるに違いない。われわれ地球人の社会に干渉してきたのだ。コメットの侵攻の日は近いだろう。
 最悪の場合、一斉に地上に大軍を降下させてくる恐れすらある。その際のことも考えてはいるが、奴らの能力には基本的に際限がない。思いついた願望をそのまま実現できるほどのちからなのだ。
 圧制を強いたために星の仔たちの力も弱まっている。時間操作などの大規模な星力は使えないとメテオさんは言った。しかしそれでも脅威が弱まったとは言えない。
 全天を32に分割し、移動物体を光学的に捉えて警報を発するようカメラを配置してある。このシステムにも定期的なメンテナンスと調整が必要だった。鋭敏にしていると飛行機や人工衛星にすら反応してしまう。かといって感度を下げれば肝心なときに役に立たない恐れもある。現に先日のバッタビトの来襲を感知していないのだ。
 誤って発した警報をチェックし、警報を発する条件を変更する。そして躍起になってバッタビトの現れた時間を中心にカメラに映った物体をしらみつぶしに探して行く。そうしたメンテナンス作業は深夜にまで及んだ。
「絶対に、守る。何をやっても。どれほど絶望的でも」
 暗い部屋、モニターに照らされた私の顔はこれまでになく真剣なものだったに違いない。