基本的に僕は仕事に関しては腹を立てない。別に人間が出来ているとかそういうのではなくて、腹が立つほど真面目に仕事をしていないのだ。
 しかし昨日今日とアホ上司の暴言のおかげで非常に気分が悪くなった。仕事熱心というならともかく、単に自分の感情だけでグダグダと文句を付けてくる。正直仕事上の折衝も出来ないというのは致命的というか、いったいいい年をしてなんでこいつはこんなに馬鹿なんだ、と情けなくなる。
 しょうがないのでこんなレベルの低い会社にいるのは嫌になりました、などと重役連中にメールを送りつけてやった。開かれた会社とか妄言を言っているが、首になるかなあ、オレ。
「でね、ともよちゃん」
 ともよちゃんはにこやかにお茶を啜っている。僕はすこし興奮して言う。
「まあ要するに、そのおっさんはなんか指示を出したとかいうんだけど、現場にはぜんぜん伝わってないんだよ。で、”一体誰にその指示を伝えたんですか”ってこっちから聞き返したら”そんなもんちいち覚えてるか!それやったら今度からいちいち伝えた奴の名前を控えて、文書にしてまわそか。いや、それやったら今度からまわすわ”って、いきなり何の脈絡もなく切れだしてさ。あほかっちゅうねん。子供か。」
 ともよちゃんはまあ、とかあら、とか相槌をうってくれる。聞き上手だなあ、と思う。
「まあ、それはいいんだけど、それからことあるごとに”文章でまわしたほうがいいか”って言ってくんだよ、いい年したおっさんが。んで、極め付けが社内の内線の調子が悪くて、そのおっさんの部署の他の奴に電話したんだけどいきなり電話が切れて。んで、まあこっちとしてはむこうが電話取るの失敗したのかなあ、って思うやん。いそがしいんかと思ってちょっと待ってから電話しなおそうと思ってたらいきなりそのボケから電話だよ。”お前、オレが電話出た瞬間に電話切ったやろ!”あのさあ、とりあえず仕事なんだからオマエってのはないよね。んで、まあ正直こんな低レベルな言いがかりを付けられることに情けなくなってさあ、ほんともうあほらしいよこんなの仕事じゃないよ。いくらむかついてても、仕事中の電話でいきなりうっとうしい奴がでたかて、それで「ガチャ切り」せんちゅうねん。まったく…」
 ともよちゃんが冷蔵庫の中からビールを持ってきてくれた。
「いや、いいよともよちゃん、もう、お酒は飲まない」
「かまいませんから。あまりにもつらそうで、見るに耐えませんわ。それとも日本酒のほうがよろしかったのかしら」
「でも」
「ああ、さとうきびの焼酎がお好みでしたわね。さあ、お酌いたしますわ」
 ともよちゃんはなぜか焼酎の隠し場所とかを知っていた。僕はだらしなくグラスを持たせてもらうと差し出した。ともよちゃんが氷を入れ、お酒を注いでくれる。
「このままで良いんですの?」
「うん、ロックで」
 なんだかつまんないことを愚痴ってしまったなあ、とすこし情けなくなった。
「ごめん、ともよちゃん、なんだかあたっちゃった」
「よろしいんですの。それですっきりなさるんなら、いくらでも聞いて差し上げますわ。だから、その方に手を出したりはしないでくださいな」
 僕はやっぱりともよちゃんにはかなわないと思う。ひさしぶりのお酒にちびちびと口を付けた。