なんだか朝になってもまだ苛々していた。ともよちゃんも僕のことをそっとしてくれて、昼まで寝かせてくれた。もっとも、早く目が覚めたんで布団の中でぐずぐずしていたんだけれど。
「寒いですわね」
 僕はともよちゃんに作ってもらって、おそい朝食を取った。なんだか食欲もない。ともよちゃんはそんな僕を見てすこし悲しげな表情になった。
「あ、ごめんね」
 僕はともよちゃんにこんな顔をさせたことが悲しくて、謝った。ともよちゃんはいいんですの、と笑うだけだ。僕もともよちゃんのようにちゃんと笑っていられたらいいと思う。僕は駄目な奴だなあ。
「学校、どう?友達とかは出来たの?」
「ええ、おかげさまで」
「いつでも友達呼びなよ。狭い家だけど、自由にしてくれていいから」
 ええ、ぜひそうさせていただきます、仲良しさんも何人か出来ましたの、そう言ってともよちゃんはにっこり微笑んだ。
 
 
 
 ともよちゃんが洗濯をしている。僕も手伝おうとしたのだけれど、させてくれない。ぱんぱんとベランダに出て洗濯物をはたく音がする。僕はじっとともよちゃんに見とれていた。
「まあ、なんですの」
 僕の視線に気がついたともよちゃんが顔を赤らめる。
「ともよちゃん観察」
「まあ」
 ともよちゃんは赤面したまま、後ろを向いて作業の続きをした。けれどもやっぱり僕の視線が気になるようだ。
「あのう」
「だからさ、手伝うよ」
 僕はともよちゃんに近寄って、洗い立ての洗濯物の入ったかごを覗き込んだ。
 あ。僕は。
「と、ともよちゃん」
「はい?」
 小首をかしげるともよちゃん。かわいい。が、それはいい。
「いつも、お洗濯をしてくれていたよね」
「いたりませんで」
「その」
 これまで意識したこともなかったのだが。
「僕のパンツとか」
「ああ、こちらですわ」
 ともよちゃんは僕のパンツをひょい、とつかんだ。
「これが、なにか?」
「何かじゃないよともよちゃん、君が僕のその、なんだ、パン・・・いや、下着を洗うなんて」
「わたくしはきになりませんわ」
 トランクス型のそれをぱんぱんといい音をさせて、しわを伸ばして洗濯バサミではさんだ。
「あああああああ」
 ともよちゃんにパンツを見られた。それだけじゃなく、かててくわえて。あああああ。
 その場にうずくまった僕をともよちゃんは不思議そうに見るのだった。
 
 
 
 
 ひるから、お料理をじっくりしたいとともよちゃんが言うので、僕はジムに行った。帰ってくると、ともよちゃんがお料理の本を片手にうーん、とうなっている。それよりも、そのかっこうだ。なんて萌え。
「ともよちゃん、どうしたの、割烹着なんて」
「あら、まずは形からですわ」
 僕はともよちゃんが衣装もちなのを思い出した。それにしてもこの格好は、明らかに僕を駄目な人間にするための陰謀だと思う。
「今日は豚ばら肉の角煮などを。味の加減が難しいですわ。薄くお味を付けておかないと、あとで辛くなってしまうそうなんですの。
 ともよちゃんに和食は似合わないなあ、とも思ったけれど、一生懸命僕に合わせてくれているんだ。そのことがすぐに思い起こされて。嬉しい。
「今日のトレーニングはどうでしたか」
 ともよちゃんが聞いてくる。
「うん、今日はね、背中をヤった。まあ軽くだけど、あと足かな。でもメインは背中をヤったんだ。結構うっ血していたのかなあ、気持ちよかったよ。背中をヤると。ともよちゃん?」
 ともよちゃんは真っ赤な顔で俯いている。
「ともよちゃんどうしたの?気分でも悪いの?」
「いえ、その」
 なんだかもじもじしている。
「えと、背中をヤったんだけど、ヘンかなあ。ともよちゃんも背中をヤってみなよ。きもちいいよ。そうだ、こんど一緒にやろう。家でもヤれるよ、背中」
「その、なんだか、私・・・」
 ともよちゃんは急にコンロの火を消すと、自分の部屋に駆け込んだ。
「?」
 僕は首をかしげた。
「おーい、ともよちゃん、お料理、途中だよ?」
「あとでいたしますわ」
 ともよちゃんは出てこない。と、僕はそのときあることに思い至り、そして足元がよろめくほど動揺した。
「ともよちゃん、まさか、背中が」
「そんなことはございませんわ!」
 ともよちゃんとは思えない大声だった。扉越しにも大きく響く。
「背中が、その、感じるとか、そのう、せいかん、たいですとか、そんなことは一切ございません」
「そ、そうだよね、そうだ、そうだ。あはははは」
 ともよちゃんは背中が敏感なんだ。僕は頭の中の危険な妄想を必死になって追い出した。けれども僕の心の中では、ともよちゃんの「せいかんたい」という、およそ彼女らしからぬわいせつな言葉のリピート再生はやまなかった。