年末に向けて追い込んでいくのは何も仕事だけじゃない。正月はのんびりするつもりなのでトレーニングもまじめにやる。結果オーバーワーク気味なのだけれど、大晦日から思い切りだらけるつもりなので気合を入れてみた。
 
 
 
 
 クリスマスはまったくつましいものだったのだけれど、ともよちゃんは終始笑顔でいてくれた。彼女がまだ中学に入ったばかりなのだということを最近の僕はすっかり失念していて、あんまりそれっぽい雰囲気作りをしていなかった。クリスマスツリーとか、飾りつけとか。そういうものを喜んでいい年頃なのだけれど。
 なんというか、僕のほうがはるかに子供なのだ。2人で静かに向き合ってみるとそれを痛感する。僕が精神的にともよちゃんを支えていたのは、ほんの一時だけのことだったのだ。
 プレゼントはお互い話し合って、お金をかけないもの、ということで合意していた。本当は僕のほうが一方的に渡すべきというか、ともよちゃんにだけそうした制限をかけるべきかと思ったのだけれども、ともよちゃんは頑として譲らなかったのだ。
 食事の後、僕はすこし気取って安物だったのだけれどワインを飲んでみた。ともよちゃんも紅茶にほんの少しブルーベリージャムとともにブランデーをたらしている。酔うほどではないにしろ、おたがい心地よく身体が温まった。
 ええと、じゃあ、僕から。そういって僕は箱を取り出した。
「開けてもよろしいのですの?」
「勿論」
 ともよちゃんがその小さな立方体の箱に巻かれた紐を解いてゆく。白い指が丁寧に包みを開けていった。
「これは…」
 うん、時期はずれなのはわかってるんだけど、きっと似合うと思って。来年までとって置けなかったんだ」
 ともよちゃんに渡したのは清楚な緋色の浴衣だった。
「本当は、夏とかに、わたしゃあ良かったんだよね。でも、これ、その」
「着てみても、よろしいですか?」
「寒いよ」
「かまいませんわ」
 ともよちゃんが自分の部屋に戻る。
「まあ、ぴったりですわ」
「だろう?ちょうど小柄な人が着ていたんで、今のともよちゃんにぴったりだと思ったんだ」
 ともよちゃんがおずおずと、居間に戻ってきた。袖で口元を覆っている。
「すこし、恥ずかしいですわ」
 僕は少なからぬショックを受けていた。黒くさらさらとした髪。真っ白な襟元。たおやかな手足。ああ、本当に良く似合って。
「あの」
 ともよちゃんに声をかけられて僕は我に帰った。
「うん?」
 努めて平静を装う。けれど動揺は隠し切れない。
「この浴衣は、以前どなたかが」
「うん、ちょっと」
「大切なものですの?」
「うん」
 あまり口に出していえなかったけれど、ともよちゃんはなんとなく意図を察してくれたらしい。
「来年の夏、これを着てお祭りに行きましょう。きっと、楽しいですわ」
 話を変えてくれた。僕はそんなに悲しげな顔をしていたのだろうか、ともよちゃんはしばらく黙ってくれていた。暫くして僕はわびた。ごめんね、なんだか雰囲気を暗くしてしまって。いいえ、いいえ。
 いつものようなやり取りのあと、こんどはともよちゃんのプレゼントを貰った。
「ともよちゃん、あの、これ」
 ともよちゃんは笑っている。
「ほしがっていたものはこれではありませんか?」
「いや、うん…」
 あいまいに返事するしかない。丸谷才一の文章論、本田勝一の日本語の作文技術。そのた、色々な文章論の本だった。
「お金をかけないということだったので、ブックオフの100円コーナーを回ってみましたの」
 うっかり僕が小説を書いていることをもらしてしまったことがあった。そのためだろうか、いろいろと気を利かせてくれたのだ。とはいえ、すこし顔が引きつる。難解なものも何冊かあったので。
「あ、ありがというともよちゃん」
「ふふ」
 屈託の無い笑顔。これらの本をきっちり読みこなしてともよちゃんに感想を伝えるのに一体どのくらいかかるのだろう。
 ともよちゃんは相変わらず季節はずれの浴衣姿でにこにこと笑っている。なんにせよともよちゃんのこころ尽くしなのだ。精一杯読書に励もう。