この寒いのに、ともよちゃんも物好きだね。僕はがちがちと歯を鳴らしたりした。使い込んだガスブスでお湯を沸かして、カップに注いだ。ともよちゃんにはティーバッグの紅茶。僕はコーヒー。
 申し訳ありません、わがままを申し上げまして、そうともよちゃんは言うとカップを受け取った。
「まあ、日本海が見たいなんていったら、僕もさすがにつらかったけど、瀬戸内海とかなら、まあなんとか。でも、どうしてバイクなの?車のほうが」
 苦いコーヒーに口をつけながら僕は聞いた。暖かいコーヒーに生き返るような思いだ。ともよちゃんもふうふうとカップに息を吹きかけている。ちょっと熱くしすぎたようだ。
 淡路島の南のほうまで、僕たちはバイクで来ていた。僕のバイクは型の古いトレール車なので、後席の乗り心地はいいとはいえないと思う。2時間くらいとはいえ、ともよちゃんもお尻が痛くなったのではないだろうか。
「あら、バイクで海を見に来ることに意味があるんですの。それに、フェリーというものにも乗ってみたかったんですの」
 そういうものなのかなあ。ともよちゃんにはずいぶんと厚着をさせてしまって、なんだか着膨れてしまっている。(ともよちゃんに風邪を引かせるわけにはいかない)おまけに、お湯を沸かす道具とかを入れたデイパックは僕が背負うわけにはいかないので、ともよちゃんが背負って、ちょっと妙ちくりんな格好だ。まあどういう格好をしたところでともよちゃんの愛らしさが損なわれるわけではないのけれど。ただ、ともよちゃんもこれだけ着込むとさすがに暑いくらいのようだ。
「関西にもちゃんと、砂浜が残っているんですのね」
 今日の瀬戸内海は穏やかだ。ちょうど満潮と重なっていたのかもしれない。あまり潮も動いていなかった。
 ともよちゃんが白い息を吐きながら、海を眺める。横顔が少し赤らんでいて。やっぱり少し寒そうだなあ。
 僕がともよちゃんの背後に立って、彼女の華奢な体を抱きとめたことは、そんなに不自然なことではなかったと思う。ただただ、彼女の頬や襟元を暖めてあげたい、それだけだった。自然に、そっと彼女に触れた。ともよちゃんの肩はとても小さくて、華奢で、柔らかかった。そして、暖かかった。
「まあ、なんですの」
 ともよちゃんも自然に僕を受け入れてくれた。なんというか、僕たちは普段から身体的な接触を避けていた。それはやはり他人であるという遠慮があったからだと思う。ともよちゃんの肩から手を回してかるく、本当にかるく身体を寄せた。
 ともよちゃんは僕の腕を小さな指で弄びながら、
「どうされましたの?甘えん坊さん?」
 などと、やさしく尋ねてくる。
「うん」
 さて、勢いでついともよちゃんを抱きとめてしまったのだけれど、いったいどう言って離れたらよいのか、僕はそのことをぼんやりと考えていた。何事もなかったようにまた向き合うなんて、ちょっと白々しいな。ううん。結局、ずいぶん長いことそうしていた。ともよちゃんも決して僕を拒みはしなかった。