子供のころの思い出
 
 辺境惑星にいたころ、僕の家の近所にミルフィーユという女の子が居た。まだ男女の区別もつかない年だったので、僕たちは同性のようにいろいろと過激な遊びもしたりしました。
 とりわけ”毒作り”という遊びはたまらなく面白かった。薄暗い僕の家のにわの物置の中で始めは洗剤、土などといったものを集めて毒を造っていたのですが僕たちの遊びはどんどんとエスカレート。動物の糞、化粧品、リポビタンDなどを混合し、それを60分間煮沸させたものをろ過したものをとってきた蝉にかけてみたりしてその様子を日記につけてみたりもしました。
 この遊びはミルフィーユと僕の2人だけの秘密でした。そして、毒を作りだすという魔術師めいた神秘性と背徳感に酔いしれたのです。もっとも、今にして思えば僕のちんちんに異常な関心を示し始めていたミルフィーユの興味から逃れる為だったとも思えます。まだ5、6歳のころだったと思うのですが、ミルフィーユはことあるごとに僕のパンツを脱がせ、ちんちんを弄くったり、”おねしょをしないおまじない”と称して口にくわえたりするのでした。そうして、そんなミルフィーユが恐ろしくなり、かといって両親に相談することもできず日々悶々としていました。
 
 僕たちの毒作りは画期的な新成分を手に入れることで最高傑作を生み出すことになりました。ミルフィーユは何やら無地の銀色の缶に詰められた液体を持ってきたのです。
「これを使うとすごいことになるとおもいますう」
 缶きりで薄いアルミの板をめくると、何やら刺激臭がしました。僕はいったいなんなの、と聞いたのですがミルフィーユはにこにこするだけで答えてくれません。鼻がおかしくなるような有機溶剤のようなにおいだったので僕はもう一度これが何なのか聞こうとしました。けれどもそのときミルフィーユは僕の股間をぎらぎらした目で見ていたのです。
 僕はまたミルフィーユにパンツを脱がされてちんちんをいじりまわされたりするのが嫌だったので、だまってミルフィーユに従わざるをえませんでした。
 
 その薬品を混合し、ろ過を繰り返すこと三回。陰干しにして三日たつとそれは粉末状になりました。ミルフィーユはためらうこともなくそれをほんの一つまみキャット・フードにまぜて、僕たちによくなついていた近所の野良猫に与えました。
 そのときのありさまは恐ろしくて。とても書き記せない。野良猫はくねくねと奇妙なダンスを踊ったかと思うと足をばたつかせて苦しみだしました。僕は怖くなって大人を呼ぼうとしたのだけれど、ミルフィーユににらみつけられて断念ました。そうして暫くして、猫は死にました。恐ろしく苦しんだはてに。 
 そう。僕たちはとうとう毒物の精製に成功したのです。
 けれど、僕はミルフィーユが平然と猫を殺し、そうして猫が死んだ瞬間邪悪な笑いを浮かべていたので怖くなり、その場を逃げ出しました。そのあとは二度とミルフィーユとは遊ばなくなり、父の仕事の都合で急にその辺境惑星を後にすることになったときも彼女には出立日時も知らせず、彼女の見送りも受けませんでした。
 
 僕がすんでいた辺境惑星の住民が一人の少女を残して全滅したニュースはそれから半年ほどして全トランスバール銀河を驚愕させました。水源に毒物が投げ込まれたこの事件はどうやらテロリストの仕業だろうということで現在もなお歴史の授業にも登場したりする事件ですが、いまの僕にはすべてがわかります。
 ミルフィーユがあの日持ってきたのは失われた技術といわれる旧時代のエネルギー源、分裂反応型リアクターの燃料で、ものすごい毒性を持っているものでした。ミルフィーユは一体どこからその毒を仕入れてきたのでしょうか。それはわからない。ただ、あの毒は僕たちの調合によって作り出されたものではなく、ミルフィーユが本物の毒を持ってきたことで完成したのだと知りました。
 僕はそのことで幼いころから罪悪感に責めさいなました。そして18歳の春、トランスバール本星の大学に進学した僕は奇妙なものを見たのです。それは、エンジェル隊の隊員として活躍するミルフィーユの姿でした。ミルフィーユはお気楽なボケキャラを演じている。明らかに子供のころとは人格が異なっていました。僕のちんちんに異常な執着を見せ、猫が死んでいく様をにやにやとしながら見ていたミルフィーユ。そうして。
 ミルフィーユは異常なまでの強運を買われてエンジェル隊に入隊したという。
 強運。
 20万人の人口の辺境惑星で起きた悲劇のなかでたった一人生き残った少女。それはもちろん強運と呼ぶにふさわしい。しかし、それが人為的なものであったと、誰も気が付いていないのです。
 僕の中にあった感情は、怒りでした。何万の人を殺し、しかも幸運とやらでおきらくにのうのうと生き続けているミルフィーユ。まるでなんのつみも犯したことがないかというような、しらばっくれた顔をして、人生を楽しんでいる。そんな彼女に殺意すら感じました。
 僕は復讐を決意しました。辺境惑星で平和に暮らしていた人々の敵を討ちたい。そうして、こいつがこれほどまでに残酷であると世の中にしらしめたい。
 僕が住んでいるフラットの3Dテレビは面白おかしくエンジェル隊の様子を伝えている。面白おかしく失敗を繰り返し、何の成果もあげられないエンジェル隊の動きは時々ニュースになるようでした。しかしそんなことはどうでも良かった。
 ミルフィーユが憎かった。ただただ憎かった。
 僕はミルフィーユに復讐する為に、どういった策があるのか考え始めたのです。