今日はあなたにお持ちいただいた本をいっぺんに最後まで読みました。これまであなたが進めてくださったご本はすべてもっと明るい終わり方をする本でしたので、山に挑んだ主人公が凍死してしまうというのはとても以外でした。そうして、寒さによって凍傷に犯され体の自由を奪われてゆく主人公があまりにも悲しくて、そうして涙が出ました。
 けれど、哀れというわけではありませんでした。最後の最後まで生還への望みを捨てず、ヨーロッパアルプスへの夢を捨てず愛する人の下へ帰ろうとする主人公の生還への意志の強さは、その悲しさよりももっと大きな感動を覚えました。
 うまく言葉にできません。あなたのことです、多分言葉にすることを望まずに私にこの本をお与えになったのでしょう。悲しいお話でしたけれども、とても勇気を与えられました。続編も持ってきていただいていますね。こちらも(本当はゆっくりと読もうと思ったのですけれども)ちょっと手をつけてしまいました。こちらは始めからちょっとショッキングな出だしですけれども、落ち着いて読んでいくことにいたします。
 
 お仕事、大変そうですね。人付き合いが苦手なあなたのこと、とてもつらかったのだろうと思います。けれどもきちんと最後までお付き合いできましたものね。わたくし、安心いたしました。私が家にいるときは、断って帰ってきてばかりでしたもの。
 私もあなたによく言われたように、あなただってご友人を家につれてきたことが一度もなかったんですもの。何年か前に一度に友人を喪ったとおっしゃってましたけれども、勇気を出して、人と接してくださいな。いいえ、わたくしが生意気を申し上げていること、よくわかっているのです。けれども、あなたが心配でなりません。ちょうどあなたがわたくしを心配してくださっているように。
 フリー・クライミングのお仲間とか、どうかわたくしにも紹介してくださいな。どんな風にわたくし以外の人接していらっしゃるのか、とても興味がございますの。ですから、退院したら、いろいろなところへ連れて行ってくださいまし。
 
 お薬を飲まれたそうですね。本当はこういうことは法律で禁じられているのですけれども、少量なので害はないと思います。大変に効力の小さなお薬で、それでもよく効いたということは、あなたがお薬なれをしていないからなのかなあ、などと思います。
 もう、だるいのは取れましたか?わたくしもあの体がだるいのと、眠気が苦手です。でも、つらいときはああして眠ってしまうと本当に楽なので、そのあたりは難しいところだと思います。
 ああどうか、わたくしのことでこころをいためないで下さいまし。わたくしはどんなにつらくても、お薬でからだが動かなくても、とても幸せです。あなたにこうして思われているのですから。
 
 わたくし、すこうしずつですけれども、色々なことを思い出してきました.わたくしがとても好きな女の子がいたこと。その子のことをとても大切に思っていたこと。ただ、その子の名前も思い出せないし、いいえ、なんとなくこころに浮かぶのですけれどもすぐにもやがかかってしまって。とりあえず、利佳ちゃんではないことは、わかったのですけれども。それから、これは恐ろしいことなのですけれども、ある人をとても激しく憎んでいたような気がするのです。
 ああ、やはりこれは思い出してはいけないことなのかもしれません.わたくしは今この瞬間にも迷いつづけています。
 すべてを知ったら、あなたに軽蔑されるのかもしれない。他人を激しく憎むわたくしなんて、あなたはご存知ないでしょう?
 わたくしは確かに幼いですけれども、やはり、女なのです。嫉妬や妬み、そうしたものがこころの何処かにあるのかもしれません。
 あなたに幻滅されるのが恐ろしくございます。けれども、いずれは本当のことに触れなければなりません。ああ、今日はここまでにいたします。なんだか、おかしくなってしまいそうで。


 
 夏。もし海に連れて行って下さるのなら。もしこんな私でもまだ相手にしていただけるのなら。何処か遠い島へ連れて行ってくださいまし。元気に振舞えるか、自信はございませんけれども。
 では。お体にはくれぐれもお気をつけて。



                ともよ