外泊の日が決まりました。今週の週末です。土曜日と日曜日は家に帰ることが出来ます。それで、本当に申し訳ないのですけれども、もしお仕事のほうがお休みでしたら、病院まで迎えに来てはいただけないでしょうか。どなたか引き取り手がいないと、許可が下りないのです。ご面倒をおかけしますが、どうかおねがいいたします。
 おそらく来週中には退院することが出来るとのことです。あなたにもそのことは先生から伝えてあるとお聞きしました。本当に、有難うございました。ちゃんと直接あなたにお礼を言いたいのですけれども、こうしてお手紙に書いていても我慢できなくて。きっとわたくし、助けていただかなければ、駄目でございました。この病院の中で何年も何十年も暮らしていかなければなりませんでした。いいえ、いいえ。事実でございます。本当のことなのです。あなたが私の手を引いてくださらなければ。わたくしの喜びがあなたとともにあることだと気がつかなければ。
 そうして、あなたに必要とされていることに気がつかなければ。わたくしはきっと、何時までも他人を恐れ、社会を恐れていたことでしょう。眠り薬のもたらす泥のような眠りを唯一の安息と信じて。ああ、あなたに養われ始めた当初は、わたくしの心は地獄でございました。他人に裏切られ、世間に欺かれ、組織という社会の枠組みに痛めつけられ、そうして。きっとわたくしは、とてもいとおしく、とても大切なものを喪ったのです。そのことを、わたくし心のどこかに覚えていて。そのことがいちばんつらかったのだと思います。貧困でもない、痛みでもない。愛する人に裏切られたことがいちばん、つろうございました。
 具体的なことは何一つ思い出せません。ただ、愛する人を喪った悲しみだけを、よく覚えているのです。もどかしくて、そうして。深く考えようとすればするほど、吐き気やめまいがして。
 あのおまいりに行くときに倒れたときも、その前の夜にそのことを思い出そうと必死になり、そうして思いついたことをノートに書き溜めていたのです。きっとそのことがよくなかったのだと思います。
 もう、無理はいたしません。だって、あなたを困らせたくはありませんもの。そのことのほうが大切です。もう喪ったものは還らないのですから。それで、よいのだと思います。
 ああ、退院の期日が迫って、こうしてお手紙にすることも、もう数えるほどしか出来ませんね。ですから、こうしてお会いしたらきっと言えないだろうことを書き綴ってしまうのでしょう。人の心は言葉にしないと伝わらない。けれど、言葉にしてしまうと心とは何処か違っています。
 だから、なるべくわかりやすいように、私の思いを伝えなくては。いつもそう思います。もっときちんと整理を付けて。きちんと退院できたら、そのことをちゃんと伝えたく思います。ああ、そう。はい、いいえの話であれば、迷うことなどございませんもの。
 
 では、土曜日を楽しみにしています。
       
 
 
                  ともよ