ゆきゆきてプリキュア(1)

 雪城さんが夜になると俺の家に遊びに来るのは困ったことだと思う。特に最近は俺のようなアニオタ・ひきこもりには風当たりが強い昨今、女子中学生を部屋に入れているなどと近所にばれるとすこしまずいことになる。
 だが、
「いや、その、ちょっとまずいんじゃないのかな」
「ええ?どうして?」
 なんていう邪気のない答えには返す言葉がない。今日は思い切ってある程度の警告をしようと思い、
「俺もその、男だし」
 などといってみたが、雪城さんはですから?とかそれが?とか、まるで動じない。まるで疑おうとしないのだ。
 仕方なく部屋に入れてあげる。雪城さんが来るので俺の部屋はオタの割にはこざっぱりと片付いているのだ。
「もう、9時回ってるんですけど」
「そうですね」
 ああもう。雪城さんは持参したかばんのなかからノートや教科書を取り出した。どうやら宿題をはじめるようだ。ああ。その様子を半ばぼう然とみていると、かばんの一番奥からステンレスのポットが出てきた。
「うふふ、お茶は持参なの」
 あきれた。頭に手をやってため息をつく。
「あのね、雪城さん、あんまり、俺みたいなのにかかわってても君の得になることなんてないし」
「何でそんなこと言うの!」
 毅然と。先ほどまでのお嬢様然とした粛々としたイメージは消え去った。
「何を言ってもかまわないけど、そんな言い方だけはやめてください!あんまりだわ!あなたが一体どれだけ私の」
 と、そこで、急に心に冷静さが戻ったらしい。咳払いをして、
「あなたの分も、ありますから」
 いつのまに俺のカップを取ってきて、お茶を注いでくれた。何の事はない番茶だったのだが、ちょうどいい温度でおいしかった。
 
 俺はテレビを消して、ちょっと本などを広げてみる。つまらないビジネス書だが、まあたまには良いかなあ、という感じだ。ほのかも淡々と学校の宿題をこなしている。
 不思議な子だなあ、と思う。
 天然ボケのお嬢様、かと思えば不条理には徹底的に反論。そのおっとりとしたやさしさ、そして情熱的ともいえる激しさ。彼女は畑から見たらかわいくておとなしい、知的な少女に見えるのだろう。でもすこしでも彼女に踏み込んだものは知っている。彼女の美しさは容姿やお嬢様的な性格にあるのではない。彼女の気高き心性と激しさにあるのだと。
  
 俺を酷い鬱病、重度の自殺願望から救ってくれたのは雪城さんだった。彼女のやさしさと強さが。あの時彼女が激しく俺を叱ってくれなかったら。俺はとても。現世には。
 
「生きるって素晴らしいね、雪城さん」
 半ばまどろんだ俺に雪城さんが微笑みかける。
「ええ、勿論――あの、もしかしてお休みに?」
「……」
 雪城さんにささえられてベッドへ。漸く寝る体制になると、なんだか違和感が。すっ…と、雪城さんがベッドの中に入ってきたのだ。
「雪城さん、その、ソレはまずいよ」
「まあ、どうして」
 またこれだ。面倒くさいので気にせず眠ることにした。
 
 
 寝入ってすぐに目が覚めた。どうもうまく眠ることができない。横を見ると、雪城さんがなんともいえない安心しきった表情で眠っている。いいことがあったんだろうか、すこし笑っている。ああ、きっと彼女は幸福な人生を送ることだろう。そうして、彼女という天使をほんのひと時でも僕の元に遣わしてくれた神様に感謝します。
 
 月明かりの雪城さんの寝顔は本当にきれいで。つい、手のひらで顔を触ってみた。起こしては大変なので、おでこのあたりから、そうっと。目、鼻。そうして、唇を親指でつまんでみる。湿り気を帯びたその唇に、僕がすこしだけよこしまな気持ちを持ったことは否めない。でも唇を奪うような勇気は一生出ないんだろうな。
 
 俺は雪城さんのことが好きなんだろうな。でも俺と一緒にいたらきっとつまらないだろうから、もっといい男を見つけて幸せになって欲しい。俺はもう廃人なんだから。
 
 
 でも。ありがとう。雪城さん。