ゆきゆきてプリキュア(6)

 昼間からアルコールを摂取するというのは、人として恥ずべきことであると思う。しかし、今の俺の状況は、もはやアルコールや薬物に頼らざるを得ない状況なのだ。
 ソレの侵略は俺の住む町、世界の全てを覆うようであり、そうしたなかで雪城さんだけがソレの悪意を逃れていた。否、意図的に見逃されていたのだ。
(きちがい)(死ねよ)(ほのかは)(オマエを)(嫌い)
 電波を受ける。もはやソレを視認できなくても、電波は俺の脳に直接響くようになっていった。
「雪城さん、ご免ね、お酒呑んじゃったよ」
 酔っ払った俺は雪城さんに言った。もう、どうでもよかったのだ。雪城さんに嫌われてもいい。どうせ俺には、この世界には救いなどない。雪城さんに優しくされるのも、もう苦痛でしかない。
 奴が来るんだ。雪城さんもいずれソレに侵食されてしまう。あの化け物になった雪城さんを俺は許容できない。
 死にたい。でも。
「まあ、うそばっかり」
 てんで、信じないんだ、雪城さんは。
「本当だよ、酒臭いだろう、俺の息。ほうら、まっすぐ歩けないよ」
「うそうそ。うふふ」
 ウチの玄関で、いつものようにうちに来た雪城さんに俺はアルコールを飲んだことを告げた。
「約束しましたものね。お酒はもう呑まない、ちゃんと節制して元気になるって」
「嘘じゃないよ。ほら、俺は簡単に約束を破るんだ」
「ご冗談を」
「うふふ。俺はね」
 自分でもあきれるほど簡単に、その言葉が出た。
「人食いの、きちがいなんだ―」
 人喰い。その瞬間まで柔和だった雪城さんの表情が険しくなる。そうして、悲しみに歪む。
「だから、仕方がないことです」
 雪城さんは泣き崩れた。ああ。どうしてこんなに切ないんだろう。彼女を嘆かせることがこんなに悲しいのだろう。もうこの世界には救いなどない。世界はソレによって呑みつくされるのに。
 雪城さんの嗚咽が。声にならない悲鳴が狭い玄関に響く。
「やむをえないことです。だから、どうか」
「じゃあさあ」
 どうでもよかった。暴言に、暴言を重ねた。
 雪城さんはどれほど傷つくだろう。でも、俺なんかと一緒にいるよりはいい。どうせ化け物に飲みつくされる世界だ、ならせめておれ以外の人たちと楽しく過ごせばいい。
「君だって、同じ状況なら、人を喰うかい?」
 沈黙。ぶるり、と雪城さんの肩が震えた。
 もう一度
「君は人を喰うかい?」
 ああ、そうだ。君は俺とは違う。君は人喰いではない。もうわかっただろう。君は人間なのだ。最後の瞬間までヒトとしてあり続けるがいい。俺は死のう。君にこれ以上迷惑をかけるわけには行かない。
 酔いのまわった頭で。俺はただひたすらに雪城さんの幸福を祈った。本当に本当に、力の限り祈った。
 さあ、立ち上がってこの陰鬱な部屋を出て行くがいい。あと何日君がヒトの姿を保てるかわからない。でも、きっと大切な数日となるだろう。
 
 
 でも――
「食べます」
 長い静寂の後、雪城さんは、言った。
「私もきっと食べます。生きるためなら。それしか方法がないのなら」
 嘘だ、と叫びたかった。しかしひざまずいて、しかしきっと俺の方を見て言葉を紡ぐ彼女に抗する言葉はなかった。
「私も食べます。それは仕方のないことですから」
 雪城さんは嘔吐感に耐えているかのように、しかし毅然として言った。
 ああ。彼女はまだ若い。幼いといってよい。けれど、彼女はもてるすべての想像力を働かせて。そのおぞましさを全身で感じていうのだ。けっして生半可なことではない。
「雪城、さん」
 俺は思わず抱きしめていた。
「俺は、もうヒトに受け入れられることはないと思っていた。けれど君は」
 力を込めすぎた。きっと雪城さんは痛かったに違いない。けれど彼女は身じろぎもしなかった。
「ええ。大丈夫」
 きっと痛みに耐えて。俺の頭をなでつけてくれる。
「俺は君を守る。君を化け物にしない」
「ええ。ええ」
 雪城さんはソレを知らない。でも。
「絶対に守る。ソレなんかにてを触れさせない」
「ええ。大丈夫、大丈夫よ」
 俺の言うことに頷いてくれた。
「絶対に君を守りぬくから。絶対に」
 何時までも繰り返した。