ゆきゆきてプリキュア(5)

 ベローネ学園女子部は、もはやずいぶんとソレの浸食を受けていた。驚くようなことではない。奴の侵食は爆発的スピードで、一夜にして数千人規模の感染を引き起こすことも可能なのだ。
 ソレはおそらく手加減をしている。その目的はよくわからない。だが、今のところ学生の一部と、女子ラクロス部の生徒が7割近く。それらが異形の化け物へと成り果てていた。
 教室が見える位置、400メートルほど離れたマンションの屋上に陣取り、腹ばいになって雪城さんの教室を双眼鏡で観察する。
 化け物。ソレの数は今日も増えていた。雪城さんはちょうど化け物と化け物に挟まれる格好で熱心に授業を受けている。
雪城さんを助けないと。俺の気持ちは焦るばかりだった。
 あの南沙諸島の時と同じだ。ソレによる侵食を誰も認めなかった。同僚の、友人といってもいいくらい親交のあった男に私はこっそりとそのことを打ち明けてみた。男は最初は笑い、次には嫌悪感をあらわにした。そして次の日、彼はソレとなったのだ。
 女教師がソレに対して質問を発する。奴は奇妙にくねらせた無脊椎動物のような胴体の筋肉を進展させ、身長を伸ばす。おぞましくこの世のものとは思えない光景だった。
「アハハハハハハハハ」
「アハk;lハハ;lハハハ^-ハハ」
 2種類の笑いが起こる。まるで出来の悪い生徒が教師の問いに答えられなかったように。いや、おそらくそういう風に擬態しているのだろう。誰からも愛されるような人間の仮面をかぶり、人間を皆殺しにする機会をうかがっているのだ。

 狡猾なやつめ。雪城さんを守るには、どうしたら。ああ、どうしても方策が見つからない。しかしなんとしても。
 ぷしゅう。奴が毒液を吐いた。まだ若く、美人の領域に入るであろう教師はその毒液をもろに浴びた。教師はあっという間にソレへと変貌してゆく。
 また一人。俺は絶望を深めた。
 
 チャイムが鳴る。この悪夢のような授業の終わりだ。生徒が立ち上がるのと同じように、その腐臭を放つ濃い緑色の無脊椎動物のようなグネグネとした身体を進展させ、その身をかがめる。おそらく私以外のものには起立と礼の動作に見えるのだろう。と、そのとき。ソレがふいに私のほうを向いた。 (きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)
 
 電波だ。
(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)
 
 耳を塞いでも無駄なことはわかっている。
(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)(きちがい)(帰れ)
 
 私は観測機材を片付けると、その場を逃げ出した。
 もう、あまり時間がない。雪城さんを守るために。俺は。