日記6

 休日。知世ちゃんを連れて海へ出かけた。
 まだ暦の上では夏ではないのだが、温暖なこの星ではすっかり夏だ。
 砂浜にビーチパラソルを立て、知世ちゃんに日焼け止めを渡す。何しろ彼女の肌はあまりにも白くて、ちょっとした陽にさらすのすらためらわれる。
 いや、本来なら―小麦色に日焼けして、同じくらいの歳の子供たちとはしゃぎまわるべきなのかもしれない。
 
 彼女を一人にすることは躊躇われた。だが、
「さあ、行ってきてくださいな」
 そういって彼女は僕にゴーグルと、シュノーケル、フィンの入ったバッグを引っ張って見せた。
「うん」
 ちょっと気乗りしなかったが気を取り直してそれをあける。僕は砂浜をすこし歩いて、岩場のほうへ向かった。
 まったく人影のない海。
 振り返ると知世ちゃんはなにか歌を口ずさみながらぼんやりと海を眺めていた。


 その日僕は粗末なヤスで大きな青物を仕留めた。
 
 死んだ魚を怖がる人や、死に切れずぴくぴくと動いているところを残酷と感じる人がいるようだが、彼女は違った。
 知世ちゃんは死にかけた魚を熱心に見ていた。

「これは―痛むのですか?」
「ううん。魚に痛覚は無いよ。でも。早く殺してあげたほうがいいね」
「殺す…」

 僕は小物入れからナイフを取って、その魚のえらの付け根に差し込んだ。容赦なくえらを切り取り、魚を折り曲げて血を抜き取った。


 その一連の動作を―知世ちゃんは食い入るように見ていた。
「知世ちゃん?」
 僕は思わず声をかけた。すると彼女はふっと我に返ったようにこちらを見た。
 そのとき僕は。彼女の瞳に何か暗い闇を見た。
 潤んだその瞳は、まるで、まるで…


「死んだのですね」
「あ、うん」
 思わず僕は言いよどんだ。
「ああ、これで魚屋さんに並んでいるのと同じになったんだよ。今日はお刺身にしよう」
 にっこり笑う知世ちゃん。僕はクーラーボックスに獲物をしまいながら、言いようのない不安に囚われた。