今日は上半身の筋力トレーニングをやった。どうも肩ばかりが早く疲れてしまう。マシンの使い方が悪いのかと思ってインストラクターさんにきっちりチェックしてもらったんだけど、フォームに問題はない。先に肩が疲れてしまうので、大胸筋や上腕二頭筋とかが鍛えたりない。どうにも気持ち悪いのだがベンチプレスだろうがダンベルカールだろうがとにかく肩がつらくてあがらない。仕方なく、切り上げて家に帰った。
 ともよちゃんはいつものように食事を用意して待っていてくれた。一度くらい外食したいのだけど、ともよちゃんはまだ怖がるかな、と思って切り出せないでいる。何しろすこし近所のファミリーレストランなどへ行っても緊張して、水にすら口をつけられなかったのだ。
 別々のメニューの食事を、一緒に食べる。ともよちゃんははしの使い方も楚々としていて、なんだかその動きだけでも見惚れてしまう。僕なんか、テーブルマナーの一つも知りやしない。きっといいところへ食事にいったらともよちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまうだろうなあ、そんなことを考えた。
 肩が痛む。すこし無理をしてしまった。なんどか肩を回す仕草をしているとともよちゃんがこちらをみている。
 もぐもぐとちいさな口がよく咀嚼して。こくり、と食物を嚥下して、お茶を啜ってからともよちゃんは聞いてきた。
「どこか痛みますの?」
 どうもともよちゃんは他人のことになると放ってはおけないらしい。世話焼き、という奴なのだろうか。
「うん、…っとね、肩が、すこし。痛いんじゃなくて、疲れてる」
 ともよちゃんははしをおいて本棚から本をとってきた。驚いたことに、ウエィトトレーニングの理論の本だった。分厚くて、専門家が見るような本を持ち出してきた。
「ともよちゃん、食事、先に食べてよ。別に病気ってわけじゃないんだから」
 ええ、とともよちゃんは頷いたけれどその後も本をめくって、じいっと読みふけった。そして、
「差し出がましいようですけど・・・」
 控えめに言う。
「すこし、オーバートレーニング状態なのかもしれませんわね」
 口元に手をやって、考えている。本当にともよちゃんは人のことになると一生懸命で。



 食後、風呂上りにともよちゃんはすこし僕の上腕部をマッサージしてくれた。実際にやった経験はなく、みようみまねだったらしい。やっぱりともよちゃんの力では刺激が足りないのと、つぼを押さえることが出来なくてたぶん効果は薄かったと思う。でも、
「どうですか」
「ここは、いたみますか?」
 って、真剣に聞いてきてくれた。10分もやるとともよちゃんは額に汗をかいて。本当に大変だったんじゃないかと思う。僕ははじめいいよ、いいよといったのだけれども、ともよちゃんが例の頑固さでマッサージをすることを譲らなかった。
 稚拙なのかもしれない。でも。
 ここちよい。
 ともよちゃんのか細い、ほそくて柔らかな手のひらや指で触れられていると思うだけで、なんだかあたたかくなるようで。ああ、ともよちゃんは本当に非力で、でも一生懸命で、僕みたいな奴のことも思いやってくれて。そう思うと、とてもともよちゃんの指が、手が、存在自体が、暖かく思えてきて僕は―幸福だった。

 
 
 
「あの…もし、お起きになってくださいな…」
 ともよちゃんの声にはっとする。5分くらい、うとうとしてしまったらしい。ぼうっとしたまま、起き上がる。
「ごめん、気持ちよかったんで、つい」
 すこし照れてしまった。ともよちゃんはすこし心配げな顔で
「どうですか、肩の具合は?」
 なんて聞いてきた。僕はすこしわざとらしかったけど肩をぐるんぐるん回して、
「ああ、とても軽くなったよ、ありがとう、ともよちゃん」
 言うと、ともよちゃんの顔がぱあっ、と明るくなった。
 肩の疲れなんか、どうでもいいや。ともよちゃんがこうして笑ってくれる。
 それだけで、僕は何も要らない。