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背筋を痛めているのでお休みしようかとも思ったのだけれども、なんだか退屈だったのでジムに行く。ともよちゃんは一度家に帰ってきた後図書館へ出かけるといって出かけてしまったのだ。ともよちゃんがひとりでひろいろと出来るようになったのは嬉しいんだけれども、寂しくもあって複雑だ。
インストラクターさんにトレーニングメニューについて相談に乗ってもらった。やっぱり餅は餅屋というか、いろいろためになる話を聞かせてもらった。怪我をすると精神的に萎縮するのもよくある話なんだそうだ。学生時代のクラブとかでも腰痛に悩まされたりしたんだけれども、まったく背中や腰を痛めると日常にまで差し支えるのでけっこうつらい。とりあえず背中に負担のかからないメニューを淡々とこなした。
最近は強度を上げすぎていたのも一因のようで、軽い重量でフォームを確かめながら負荷を掛けていく。気になるところをインストラクターさんに見てもらうと、やっぱりおかしかったりするので修正した。
帰宅すると、鍵がかかっていた。
「おうい、ともよちゃん」
まだ図書館にいるのかな、そう思いながらがちゃがちゃと玄関の扉を揺すると、扉越しにぱたぱたと足音が聞こえる。ともよちゃんが走ってくる様子が想像できて、それでその姿を思い描いて。すぐ会えるのに、馬鹿みたいな話なんだけれどそのひとときが僕は好きだった。
「まあ、申しわけありません、お待たせして」
ともよちゃんが玄関を開けるなり言う。
「いや、いいんだよ、ちゃんと鍵を掛けてくれてたほうが。年末は物騒だからね」
ともよちゃんがこくんと頷く。ともよちゃんは勉強していたのか、すぐに戻るとテーブルの上のノートやらシャープペンシルやらを片付けだした。
「いいのに」
「そうは、まいりませんわ」
「何の勉強」
「あ、いえ」
ともよちゃんの動きがすこし、止まった。けれどもすぐに明るい声で、
「あの、えっと、国語の勉強ですわ」
「へえ」
僕はあまり気に留めなかった。
夕食後、ともよちゃんにお茶を淹れてあげる。
「すこしは上達したかなあ」
ともよちゃんがカップに口をつける。
「ええ、おいしいですわ」
彼女のことだから気を遣って言ってくれてるのだろうけれども。まったく、教養とかそういったものがない自分が嫌になる。お茶の淹れ方一つ満足に知らないなんて。
「つまらない男だな、僕は」
ふと呟いた。
「まあ、何をおっしゃいます」
「あ、いや、熱すぎなかった?」
ともよちゃんが首を振る。
「おいしいと申し上げました。そうですわ、何か、お礼をしませんと」
「ともよちゃんはやさしいなあ」
「いえ、本当にお礼をしたいですわ。もっとも、わたくしには何が出来るというわけでもありませんけれども」
「馬鹿なことを言うなあ。ともよちゃんはなんでもできるじゃないか」
まあ、馬鹿なことを言うのはお互い様ですわ。ともよちゃんはたいそう上機嫌に笑った。つややかな黒い髪が笑い声とともに揺れる。僕もひとしきり笑った。
しかしその後、なんだかこころの奥底から暗い感情がわきあがって来た。
馬鹿なことだって?
この程度で?
いや、ともよちゃんが言うのもわかる。けれどもともよちゃん、僕は想像を絶した馬鹿なのだ。馬鹿としてのプライドを傷つけられた。
こういうことははっきりさせておかないと。
「ともよちゃん。君は僕の”馬鹿なこと”を舐めているね」
「まあ」
僕が急に低い声を出したのでともよちゃんもすこし驚いたようだ。
「僕の”馬鹿なこと”がそのくらいだと思っているんだね?」
いえその。ともよちゃんがあたふたとする。しかしもう僕は踏みとどまることが出来なかった。自室にもどり、今日引っ張り出したダンボールをあける。
居間に戻った僕を見てともよちゃんが悲鳴をあげる。
「その、黒くて硬そうなものは…」
「心配しないでいいよ、偽物だ」
しかしその筒先をともよちゃんに向けるとともよちゃんはひっ、と小さな悲鳴をあげた。
「大丈夫だよ、偽物だよ」
「でもその」
「うん、きっとあたると痛いだろうね、偽者でも」
「その、そんなもの、どうするんですか」
「ともよちゃんが持つんだよ。自分で使ってみるんだ」
ともよちゃんがおびえたような顔をする。
「そんな、出来ませんわ」
「僕のする”馬鹿なこと”を甘く見たようだね」
僕はともよちゃんに向かって一歩踏み出した。
「あと眼鏡をかけて…」
ともよちゃんに度の入っていない眼鏡をかけさせた。
「完璧だ!」
僕の思ったとおりだ。ともよちゃんは落ち着かない素振りで僕のほうを見ている。
「あの、村田さ…」
「ラバロ」
「え?」
「ラバロ大尉」
「はあ…」
ともよちゃんがしょんぼりした顔で立ち尽くす。いかん、どうやら僕は本気で馬鹿なことをやりすぎたのかもしれない。必死に取り繕う。
「それにしてもよかったあ!むかしストックがかっこいいなあ、とか思ってて買ったヘッケラー&コックVP70がまだ残ってて。ほら、ともよちゃん、このストックの中に銃本体がしまえるんだぞう〜」
僕が持ってきたのはモデルガンだった。別にマニアというほどでもない僕だが、なんとなくギミッグが気に入って買ってあったのを、今日見つけたのだ。むかしのモデルガンだが、別にサバイバルゲームをするのでないなら性能とかに問題はない。
「あの…」
ともよちゃんがずれた眼鏡の位置を修正する。
「なんでこんなものを、村田さん…」
「ラバロ」
僕はじろりと見るとともよちゃんは俯いた。言いにくそうに。
「ラバロさん…」
僕は台所の空き缶を指差した。
「あれに確実に命中させられるようになるまで帰ってくるな」
「もう帰ってます」
「帰ってくるな」
「はあ…」
ともよちゃんは観念したのか拳銃を構えた。拳銃といってもストックがついているの、でまるで短機関銃だ。
「あれに命中させることが出来るようになったら、野菜作るから」
ともよちゃんが引き金を引いた。驚いたことに、コン、とBB弾が空き缶に当たった。
コン、コン、コン。
続けざまに3発、命中させる。
「あのう、実は」
ともよちゃんが申しわけなさそうに。
「むかしクレー射撃を教わっていまして」
「そんなの」
ともよちゃんが息を呑む。僕は泣いていた。
「そんなのクラエスたんじゃないやい!なんだよ、せっかく姿かたちは完璧だったのに。一晩中ここでてっぽうを撃ち続けないと駄目じゃないか。」
「あの、クラエ・・・ス?って、なんですか」
僕はともよちゃんの声すら耳に入らなかった。
「生まれて初めてだったのに、眼鏡っ娘に萌えるなんて。東鳩でもいいんちょに萌えるところまでは行けなかったのに。水橋がボイスやってても藍より青しのドジッ娘メイドに萌えなかったのに。ひどいや。ひどいやひどいや」
「あの…」
ガンスリンガーガールごっこは2度としないことにした。