無尽惑星サヴァイブ

 最初それに気が付いたのは艦の通信士だった。
 国際周波数帯。信号・・・SOS。
 私はその報告を聞いて、最初宇宙船のりとしての義務感に身体が硬くなり、そうして。その後にやらなければならないくだらないやり取りにこころが沈んだ。あの船長を説得せねば. 
「遭難したシャトルの識別コードを認識、乗員との照合を開始」
 コンピューターの合成音が艦橋に響く.艦橋といっても小型の貨物船でしかないこの「オーディシャス」のそれは4人のフライト・オフィサーが座席に着くとそれで定員になってしまうほど狭苦しいものだ.艦橋というよりコクピットに近い.
「データ照合完了」
 私の座席のコンソールに救難信号を発したシャトルとその乗員名簿が映し出される.なんのけなしにその情報をタップスクリーンで順繰りに眺めていくと、一枚、私の心を凍りつかせるような写真が目に入ってきた.
「これは!」
 名前を確認する.ルナというのか.そのとき一等機関士も巨体をかがめてブリッジへと入ってきた.
「航宙士、なにかあったんですか」
「ああ、これを−」
 機関士のコンソールにデータを送り込む.
「何てことだ.まだ少年、少女といったところではありませんか」
「とにかく、SOSを発信している.一月ほど前の、観光宇宙船の遭難ニュース、あっただろう?たぶんその件だと思うんだ」
「しかし、何でこんな辺境の星へ」
 機関士が首をかしげる
「わからない−ただ、この場所で遭難信号を発したことは確かだ.船長を呼ぼう」
 機関士も通信士も浮かない顔をする.
「わかっている.あのうすのろを説得するのに骨が折れるってことはな.けれど、遭難者救助は宇宙船舶法で定められた義務だし、それ以上に伝統的なシーマン・シップというものがある」
「でも、航宙士」
 通信士が心配げに言う.
「あなたはこれまで雇い主である船長にことあるごとに反発していらっしゃいます.今回も余計にプロペラントを消耗する航路変更をおこなったりしたら」
「いいじゃないか」
「−え」
「いいんだよ。それでも、自分の信じたことができれば.ここであの惑星に行かなかったことを恥じて生きていく位なら、職安の窓口に並ぶね」
「航宙士…」
 私は艦橋入口のインターフォンを手にとった。
 20コール目、ようやく電話に出た船長は不機嫌そのものといった風だった。薄暗い自室の中、明らかに飲酒の形跡がある眠たそうな顔で不平を言う.
「この時間に、非直のときは起こすなといっただろうが」
 肥満しているのは体型だけではない.自我やエゴイズムすら肥大しているこの船長はまるきり”オーディシャス”の乗組員には評判は良くなかった.しかしクライアントへのコネクションその他もろもろの商才に長けており、宇宙船ビジネスで大きな成功を収めているのも事実だった.
 問題は、船乗りでもない人間が船長を務めている、その一点に尽きる.
 SOS受信と、その惑星へ向かうための進路変更.減速制動噴射.説明のたびに「それにはプロペラントをいくら消費するのだ」「どれだけ時間がかかるのだ」などと経費の心配ばかりをしている.私はため息をつくほかなかった.
「船長」
「何かね」
 モニターの中、いすに腰掛けふんぞり返った船長.吐き気がする.
「宇宙ではみんな心細いのです」
「何を」
「このくらい宇宙空間に投げ出されるということがどういうことか.未開の惑星に放り出されるということがどういうことか.ましてや相手は中学生くらいの少年少女です」 
 私の静かな語り口にかえって気おされたのか.船長はたじろいだ.
「しかし、そんなもの、一銭の金にもなるま…」
「金金金!そんなにも金が大事か!豚野郎!今こうしているまにも彼女らの生命に危機が迫っているかもしれないんだ.話にならん!」
 私はインタフォンを切った.機関士に命じる。
反物質炉、最大巡航速。加速空間を確保次第、超光速航法に入る.−いいな」
 コンソールを眺めていた機関士は我に帰ると即答した.
「了解。しかし、船長は?」
「奴の個室のドアを外部からロックしろ.この件が終わるまで外に出すな」
 私は航路計算を開始した.コンソールにはルナという少女の顔写真と全身写真が写っていた.
「この少女…まさか」
 航路変更作業に終われながら、私はある思いにふけっていた.
 
 
 
 
つづく