第二日(船中泊)―大分―別府―(やまなみハイウェイ)阿蘇―高千穂―北

「あまり揺れないのねえ」
「ん。瀬戸内海だからね。それに、今日は風もないし海も穏やかだ」
 2等船室はがらがらだった。12人が横になれる区画を一区画、僕たちだけで使うような有様で。まあ、2人だけなので隅っこのほうに腰を落ち着けたのだが。
 風呂からかえると、少々退屈だった。雪城さんの顔を眺めているだけで僕は満足なんだけれど、まさかそんなこと口に出すわけにも行かない。自然、間が持たなくなる。
 雪城さんはにこにことひざを崩して、地図などに見入っているが時折きょろきょろと周りを見渡していた。船が珍しいのだろう、そう思って僕は夜のフェリーの甲板に雪城さんを誘った。
「10時に瀬戸大橋の下を通るそうですよ」
 雪城さんが教えてくれた。船内放送があったというのだが。
「へえ、気がつかなかったなあ」
「もう。そんなことだと、船が沈没するときに逃げ遅れてしまいます。いいですか、大阪商船のぶら志る丸の例をとりますと…」
 延々と海難事故の恐ろしさと船舶の薀蓄を聞かされる破目になった。
 意外と瀬戸内海の夜は賑やかだ。陸地には町の光が見えるし、行きかう船の数も半端ではない。大小、漁船や客船など、ひっきりなしにすれ違う。僕たちはあれはなんだろう、あれは何を運ぶ船だろう、などとおしゃべりをして、夜の海を眺めていても飽きることはなかった。
 
 しゃべり疲れたのか雪城さんはしばらくすると黙り込んで、そうした灯りをぼんやり眺めた。暗くてよくわからなかったけれども、なんだか悲しそうな横顔に見えた。
 ああ、なにか楽しい話題を探さないと。気は焦るのだけれども。そのとき、船の進行方向にきらびやかなアーチが浮かび上がった。
「ああ」
 僕は指をさした。そんなことをしなくても、雪城さんはとうに気がついていたのだが。
「瀬戸大橋」
 雪城さんはただそれを見ていた。そうして、ちいさな声で呟いた。
「ヒトが築き上げてきたものを―」
 あとは海風でよく聞き取れなかった。
 船が瀬戸大橋を通り抜けてから、僕たちは船室にとって返して、隣り合ってごろりと横になった。もう雪城さんは笑顔に戻っていた。