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 今日も学校へ行かねばならない。夏という季節はまったく憂鬱だ。
 たいていの人なら憂鬱な季節といえば寒い冬であるとか、木々の枯れはてる晩秋であるとか。すこし精神病でひきこもり的な症状のあるエロゲーオタク、社会人で素人童貞、趣味はソーシャルとNゲージのキモオタならちょっと気取って「春」等と答えるかもしれない。
 しかし夏は拙い、最悪だ。しゅわしゅわとうるさい蝉の鳴き声、むしむしとした熱気、土の匂い。吐きそうだ。
 部活とは名ばかりの私刑遊技場へ向かう俺は酷く重たい足取りで通学路を歩いていた。今日も学校へ着けば朴くんのいじめを受けるのだ。きのうチンコを露出されたまま道場の柱に縛り付けられたことは多分一生の心の傷になるだろう。PTSDって奴だ。謝罪と賠償を。
 大体朴くんも無茶を言うのがいけないんだ。「おいなにか俺を笑わせることを言ってみろよ、皮かむり」皮かむりというのは俺のあだ名だ。最近は「皮」とだけ呼ばれることもある。そんな朴君の要求に何とかこたえようと(さもなくば厳しい体罰が待っているのだ)俺は必死で心に浮かんだギャグをのどに押し出した。
「えーと…パクくん…朴くんマックン…」
 結局何を言っても結果は変わらなかったのだ。兎に角俺は下半身露出の変態ということにされ、おまけに…。
 おまけに霧島佳乃にさえ俺の卑小で卑屈なあれを、とても人目にさらせるようなものではない醜いあれを見られてしまったのだ。
 そして俺はその事実だけで勃起してしまった。
「みんな死ね。死ね死ね死ね」
 重たい足取りで歩く。こうして歩いている間にも学校という名の処刑場は近づいてくる。死の行進だ、うふふ、いっそこの道端のどこかで首を吊ってやろうかしら、きっと僕の自殺はこの田舎町にとってショッキングなニュースに違いない。
 もはや白昼夢の中にいた僕の視界に、あるものが飛び込んできた。もうどうでもいい、と思ったがその「あるもの」はふらふらと僕の目の前を蛇行しながら進んでいる。まるでゾンビの行進だ。
「あっ…」
 一息で、現実に引き戻される。そのふらふら歩いているのは霧島佳乃だったのだ。背後から見てもあの活発そうなショートカットやうなじのライン、僕はあの首筋に鼻先を押し付けてすーはーすーはー、シャンプーと汗のにおいが入り混じった佳乃の香気を嗅ぎながら背後から思う様あのほそっちい身体をまさぐりたいと思い、時には夢精までしたくらいなのだ。みまちがうはずもない。
 見つけたのが後ろからでよかった。僕は顔を合わせなくてすんだという安心感でため息をついた。そっと距離を置こうとして、歩く速度を緩めた。
 が。
 どうも佳乃の様子がおかしい。あの夢遊病者のような、軟体動物のような歩き方も常の彼女らしくなかったし、それにかっこうがパジャマだ。朝のさんぽにしては不自然だし、後ろからで良くはわからないが、とにかく様子がおかしい。
 と、佳乃は通学路を外れた。山のほうへ行く砂利道のほうへふらふらと歩いていく。
 僕は昨日のことを思い出した。あの醜態を晒した以上彼女顔を合わせるなどもってのほかだったが、どうしても彼女の事が強く気に掛かった。と同時に、部活に遅刻するというリスクを測りに掛ける。
 ソレはそれで危険なことだ。遅れたという一点だけで、どれほどのいじめを受けるかもわからない。何しろ僕は彼らの受けている抑圧の、唯一のはけ口なのだ。
 そのことに少し身震いしながらも、結局僕は佳乃に付いて行くことにした。結局何処へ行こうと地獄には変わりないのだ。死ね。死ね死ね。