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雪城さんと淀川の河原でキャッチボールをした。肩慣らしをしたあと雪城さんに、よーしおもいっきり投げてみて、と声をかける。ちょっとしたおふざけで雪城さんにピッチャーの真似事をさせてみようというのだ。
ぱんぱんとグローブを胸の前で叩くと僕は右ひざをついた。雪城さんはきょとんとしている。が、やがて僕の言うことがわかったのか、こくこく、と頷くと半身を切って右足で地ならしを始めた。なんだか本格的だなあ、とおもってほほえましく見ていると、
「いきますよ〜」
という愛らしい声。よしこい、とばかりに僕は左に構えたグローブを突き出した。
雪城さんは大きく振りかぶって…あれ?さまになっているなあ。と、見事に安定したフォームで足を上げ、大きな軌道で右腕を振ってきた。
球離れが遅い。が、一瞬ののち猛烈なスピードで白球が彼女の細い腕から繰り出された。
ぱん、という乾いた音とともにボールが僕のグローブに納まる。コースも完璧に僕の構えたところだった。
「すごいよ雪城さん!130キロくらいでてるよ!リトルリーグかなんかやってたの?」
僕は驚いて思わず大声を出した。左の手のひらがまだ痺れている。雪城さんは、
「そんな、ただボールの縫い目にしっかり指をかけて、全身の力を抜いてスナップを効かせれば。あと…」
なんだか延々と技術的な薀蓄が続く。さすがうんちく女王。うんちくだけであれほどの速球を投げるとは!
感心しながら返球する。雪城さんに比べると僕の球はへろへろだ。
「じゃ、2球目いきますよお〜」
僕は気合を入れて構えた。さっきと同じように、ゆったりとしたフォームで雪城さんが振りかぶる。テークバックも安定している。僕はまたあの速球が来ると思って身構えた。さっきと全く同じフォームで2球目。
投げた、と思った瞬間に集中する。ボールは僕のグローブに…。
こない!
なんだ、と思うと急にボールが視界から消えた。
「??」
あれ、と思うまもなく股間に激痛が!
「ぎゃあー」
僕の手前でワンバウンドした球は僕のチンコを直撃していた。もちろん防具など付けていない。もろだ。もろにチンコ直撃だ。
「痛いよ!酷いよ雪城さん!」
「あら、ごめんなさい。うまく投げられなくて」
「うそだ、つーか今のフォークだろ!おい雪城!ふざけんなよ!犯すぞ!つーか挟むんなら挟むって言えよ!」
半ばキレ気味の僕に雪城さんが俯く。
「だって…」
あ、やばい。
「本当に落ちるなんて思わなかったから…」
すこしなみだ目の雪城さん。しまった、言い過ぎてしまった。
「あ、ごめん、つい痛くって。大声出してご免ね」
優しい声をかけると雪城さんはすこし気を取り直して、
「あの、大丈夫、ですか?もしいたいのなら、病院に」
僕を気遣う。僕は雪城さんにボールを返した。
「大丈夫だよ、もう痛くない。さあ、続けよう」
雪城さんはボールを受けるとにっこり微笑んだ。
3球目。ストレートと全く同じフォームで繰り出されたそれは素晴らしいスピードで、さっきより素早く小さく曲がった。そして僕の手前でワンバウンド。
チンコ直撃。
「ぎゃああああああああああ!いてええええええええええ!」
「ごめんなさい」
「今度はスライダーかよ!いい加減にしろ雪城!マジで犯す!ぜったい犯す!」
「でも・・・」
「あ、いや、あのね、変化球を投げるときは…一言言ってほし…」
4球目。シンカーが股間を直撃。
5球目。またフォーク。ちんこ。
6球目。なんだかしらない落ちる球が股間を直撃。
7球目はストレート。ショートバウンドで僕の股間に吸い込まれるようにボールが突き刺さる。僕の絶叫が淀川の河原に響き渡った。
そう。最初から雪城さんは僕のチンコを狙っていたのだ。
7色の変化球を持ち、チンコ狙い。それが雪城さん。僕は股間の激痛に身をよじり地べたに這いずりながら、雪城さんの小悪魔的な微笑を見上げていた。
ふと思ったのだが、観鈴ちんはクラスの男子に取り囲まれてイヤラシイことをされたりしなかったのだろうか
クラスでも浮いている上、おとなしい観鈴ちんをセックスのことしか頭に無い脂ぎった学生たちが放置しておくわけが無い!
「魔法なんかありゃしねえんだよコラぁ!」
地下室の中、俺は苛々して佳乃の餌付けカップを放り投げた。その粗末なプラスチック製のカップはぱこん、とコンクリート製の床に跳ね返ってマヌケな音を立てた。所詮100均ショップの植木鉢の下に敷く奴を転用した奴だし、どうでもいい。
「俺がいいって言うまで喰うなって言っただろうが!」
「アウアウアー」
佳乃は怯えた表情で俺のことを見上げる。長期にわたる監禁生活で酷くやつれてはいるが、それでも俺に対するこのびくびくとした表情は変わらない。
「ぉね…」
「あ?」
佳乃が何かをいおうとして口を開いた。その仕草すらムカつく。
「おねえちゃん…」
佳乃は殆ど自分の姉のことを呼ぶことしか出来ない。あとアウアウアーとか。俺はムカついたので佳乃に罰を与えることにした。
「おい佳乃!これがなんだかわかるか」
「ア・・・アウアウ」
俺は懐から肉の塊を取り出した。その肉は手間を掛けて燻製にしたもので、薄く塩味が効いて非常に美味だ。
さっそく浅ましく芋虫のように身体を引きずって、佳乃が足元に寄ってきた。
「今日はお預けは無しだ、食ってよし」
床に落ちた肉を、ガツガツとむさぼる佳乃。
「お前美味そうに食うなあ、俺はごめんだがな。しかし苦労したんだぜ、あいつ動きが素早くてなあ。それにしてもあれ、喰えるんだな。犬だったのかあいつって。まあ犬に下ったとしても飼育委員のお前が犬肉喰うなんて…プククク」
佳乃は俺の言葉が聞こえないのか、一心不乱に食べ続ける。
一週間に二回の食事に夢中の佳乃は、もうポテトのことも忘れてしまったんだ。俺は急に切なくなってきて、部屋の隅においてあったウォーターポンププライヤーを手に取り佳乃をボコボコに殴った。