葵ちゃんは強い・ディレクターズカット版(その7)

 話はおよそ半年前にさかのぼる…
「藤田先輩っ!わたし、思うんです。私にかけているのは、筋力だって」
レーニングに入ったころの葵ちゃんの言葉だ  漏れの答えはうかつだった
「そうだね。技術的には坂下にも、あの綾香にだって劣っていない。ただ身長と体重の差はどうしようもない…葵ちゃん、それはでも、もう階級が違うんだよ。だから」
「いいえ!それは違います!」
 そのときの葵ちゃんはとても純粋な目をしてた  本当に幼子が全幅の信頼を親に与えるような視線で漏れを見たんだよ
「エクストリームはスポーツであると同時に、武道です。敵と対し、戦うことは武道の本道です。それに」
 すこし葵ちゃんは自嘲的な笑いを浮かべた  漏れは葵ちゃんがそんな顔をするなんて知らなかったからとても驚いた  けれどそのすこし怪しい顔に魅力を感じたことも事実だ
「私、坂下先輩にも、綾香先輩にもどうしても勝ちたい。そうでないと、何もはじまらない気がして…私が生きてゆく上でどうしても乗り越えなければ成らない壁なんです」
 今度は泣きそうな顔  葵ちゃんの思いもかけない弱弱しい一面を見せられて俺はどうしたら言いのかわからなくなってしまった
 葵ちゃんは文字通り人生を賭けているんだ
 今のままでも十分に強いのに  それでも高みをめざさ無くては成らない
 同情 尊敬 畏怖 いろいろな感情が漏れの頭を通り過ぎたよ  よく判らない
 ただそんな葵ちゃんの必死さに漏れは心を動かされた  もう思い切り体ごとハンマーで台座から叩き壊されたみたいに感動した

 葵ちゃんの…勝利への意志を…貫かせてあげたい(゚Д゚) !!


 「そうだね…がんばろう葵ちゃん!!技だけではなくて、力か…しかしそれには」
 漏れたちの作戦会議のような何かはまだ続こうとしたがそのとき神社の社殿の裏でがさりと物音がした
「あっ」
 女の子の声がする  葵ちゃんと漏れは顔を見合わせてそしてお互いに心当たりが無いことを確認して首を振った
 「あの…どなたですか」
 葵ちゃんが丁寧な口調で声をかける  きっと育ちがいいのだろう警戒心をあおるようなことは一切しない
「勝手に境内を使っていたのは謝りますっ!でもこちらにはほとんど神主さんもいらっしゃらないとかで、民家も離れているかけして周囲のご迷惑には」
 そうした葵ちゃんのやさしさあふれる説得にその人影は応じてくれた  つつ と物陰から出てくる

「あれ、君は…」
 見覚えのある顔だった
「琴音ちゃんじゃないか、どうしたのこんなところで」
 そのときの琴音ちゃんがどうしてエクストリーム同好会に興味を持ったのか良くわからなかったよ
 葵ちゃんともあまり親しくは無かったみたいなんだ  なんだか漏れのことじろじろ見ているし  かといって入会希望者でも無いようだ
「あ、あの…」
 琴音ちゃんはおずおずと控えめに切り出した
「あの…っ!」
 白い頬に朱が刺している  可哀想にとても緊張しているようだ  漏れは彼女が極端に恥ずかしがり屋である意味対人恐怖症じみていることを思い出していた
 漏れは葵ちゃんに目で合図した  葵ちゃんの方から話を切り出さないとどうにもならなさそうだ
葵ちゃんは即座に我が意を得たりと言った風情になって琴音ちゃんにやさしく話し掛けた
「あの、私は一年の松原葵です。一応エクストリーム同好会って言う会を立ち上げて…」
 見てみると、葵ちゃんも何処となくぎこちない 首筋まで真っ赤だ
「はい、そのう、わかってます」
 こんどはちょっとはっきりとした口調で琴音ちゃん
「判ってここに来たと言うことは…入部希望者?」
 葵ちゃんの表情がぱっと明るくなる  漏れもこの展開には驚いたよあの琴音ちゃんがエクストリーム?すごいなあ
 でもそう単純な話ではなさそうだ  琴音ちゃんは葵ちゃんの後ろに控えた俺の方をじっと見てそれから言うんだ
「私は体が弱いので激しい運動はできないと思うのですが、マネージャーをやらせていただけませんか?」

 エクストリーム同好会の現体制が発足した瞬間だった
 あのときの琴音ちゃんの俺への視線…あれはなんだったのだろう 
 なんだったのか
 漏れはそれを思い出すにつけ 後悔にさいなまれるよ










 …………。




 そんな漏れの後悔に満ちた思い出は二人の少女の嬌声によって打ち破られた 

「ほら葵ちゃん、藤田先輩、この間私の足の裏ですごく情けない声を出したんだから」
「ええー?それってどんな声なの、葵ちゃん」
「なにかね、オオゥ!オオゥ!って、なんだろアザラシ?オットセイ?なにかそれみたいな動物みたいな声出すんだから」
 けらけらけら 笑う二人

 漏れは早朝練習のウオーミングアップの後も葵ちゃんの練習に付き合った ミットうちの途中琴音ちゃんがやって来た  なんでもワークアウト中の意欲を高めるドリンクを海外から取り寄せたそうだ
「へえ、ありがとう、琴音ちゃん!」
 ゴクゴク…
 さっそく試す葵ちゃん
 そのドリンクを摂ってサンドバッグを撃つといきなり音が変わった  かわいた音から地鳴りのような音へ  ずしんずしんとすさまじい重低音が響いたと思うとサンドバッグをつるしてあった木が倒壊してしまった  すさまじいパンチ力だ!しかしなんでいきなり…
 葵ちゃんは木を倒壊させてしまったことにも頓着せず息を荒げていた  まるで次の獲物を探すようだが残念ながらこの境内にはサンドバッグは一台しかない
「朝の練習、ちょっともう続けられないね(;´Д`) 」
 漏れは葵ちゃんと琴音ちゃんに問い掛けた  しかし葵ちゃんはなんだか目をぎらぎらさせてぶつぶつと何かを言っているし琴音ちゃんはじっとそんな葵ちゃんを観察するだけだ
 と その琴音ちゃんが顔を上げた
「練習はもう無理でも、葵ちゃんをどうにかしないと」
「―え?」
 葵ちゃんはシャドーをしながらそのあたりをうろついている  心此処にあらずと言った感じでちょっと怖い(;´Д`)
「ちょっと、葵ちゃんの興奮を覚まさないと」
「興奮、覚ますって…(;´Д`) 」
「葵ちゃあん!昨日の藤田先輩の男らしいところってどんなかんじだったの?」