メモ:知世の素敵な「死の棘」/3

 今日は知世ちゃんの具合も良いようで助かる。
 ふらふらと町へ出て行ってしまうこともなく、一日部屋にいてくれた。この間など家を飛び出した彼女を完全に見失ってしまった。再びまみえた時には電停のそばの横断歩道の脇でじっと行き交う車や市電を眺めていたのである。私は咄嗟に知世ちゃんは電車やトラックに飛び込むのかもしれないと思いあわてて彼女の腕をひったくるようにして取った。
 しかし知世ちゃんはそんな私を見て笑うのだ。なんのおふざけなのか、と。
 ただ知世ちゃんは間違いなくそのとき思いつめた表情をしており、私はけしてつかんだ手を離さなかった。

 知世ちゃんは暗いところや閉所を異常なほど恐れる。今日はビデオの整理をしていたのだが、以前のようにプロジェクターを使って大画面でビデオを見ることはしなかったようだ。否、したくても出来ない。
 ただビデオテープやメモリーを並べ替える知世ちゃん。しかしその静かな様子に、ああ本当に今日は助かったと思い気楽に声をかけた。
「懐かしいビデオもあるね」
「ええ。もう何年も前のものですけれども」
「大切な思い出だね」
 そんなやり取りを繰り返した。もう失われて久しい暖かい会話に私は気持ちが楽になった。
 しかし知世ちゃんは私を赦したわけではない。
「ええ、大切な思い出ですわ」
 知世ちゃんはテーブルに広げたビデオテープの中から一本を選んで、タイトルのラベルをこちらに見せた。そのラベルを見て私は心臓をてでぐっとつかまれたような気持ちになった。
「…そうだ、ね」
 そのラベルには”さくらちゃん”と記されていた。
「ところで、お聞きしたいことがありますの」
「なんですか」
 私はびくびくと知世ちゃんを見た。そのおびえた表情は知世ちゃんを満足させるのだろうか、それはわからない。ただ確かなのは。
 また、恐怖の時間が始まるのだ。


「あなたはどうして今すぐにでも自殺しないのですか?」