2人だけの科学部(その11)

 かなり痛い。腹だ。腹部に疼痛。
 藤村の蹴りはなんだか威力を増しているようだ。今日はHIPHOPだかラップだか知らないが、YOYOいいながら僕を蹴ってきた。その聞いているだけでIQが3下がるような世間への恨み節を聞いていると情けない気持ちになってくる。なんというか、こんなシケたひとじゃなかったと思うのだ。以前はあんな目に合わされたとはいえ、体育会の上級生への畏敬というか恐怖があった。それが今では、まるで暴力的なだけの知的障害者
 はたでげらげら笑っている美墨も、まったくアホ面だ。負け惜しみで言うんじゃない。
「わあー、藤P先輩ちゃんと韻を踏んで蹴り入れてる!超かっこいい」
 日本語しゃべれ、この茶髪バカ。
 そういえば美墨はラクロス部を首になっていらい、急速に太り始めていた。もともと太りやすい体質だったのかもしれない、運動量が減れば太るのも道理だ。
 ひとしきり腹やあばらを蹴られた後、僕は地面に伏せて蹲った。正直、しゃれになっていない。これではいくらなんでも、内臓が持たないのではないだろうか。
 吐き気をこらえて息を荒げる僕に、藤村があのネットリした気味の悪い口調で話しかけてきた。
「ああ〜?村田よお。おめーちゃんとほのかのビデオ探したのかよ」
 僕には何のことだがわからなかった。
「この間っからいってんだろうが!あの蔵のビデオだよ!」
 ドガッ!わき腹にトゥ・キックがめり込む。
「ビデオ…」
 この間も言ってたな。こいつ、なんだってそんなものに
「まだ…探してません」
「とろくせえ奴だな」
「どうするんですか。そんなものが仮に本当にあったとして、あなたはそれを見たり複製したりしたいのですか」
「ああん?」
 藤村は首を傾けて俺をにらむ。すこし怖い。
「んなわけねえだろがよぉ。とっとと捨ててやれっつってんだろ」
「何のために」
「ほのかのために決まってんだろうが!このボケ!」
 また、狂気をはらんだ殴打が始まった。今度は背中を踏みにじるようにけりを落としてくる。
 さっきまで一本だったけり足が2本になった。首をひねると美墨も僕を踏みつけていた。
「アハハハハ!藤Pせんぱい、こいつマジださい。ちっとも反撃してこないよ」
「ああ、こいつヘタレだからな」
 実際のところ−僕は喧嘩は苦手だ。昔から人を殴ったことなど一度もない平和主義者だ。もちろん殴られたり蹴られたりという経験も稀だった。ヘタレという指摘は当たっている。
 それに、僕は別にこんな痛みはどうということはない。雪城さんの受けている苦しみに比べれば、こんなもの。
 そして。彼らが雪城さんに深くかかわっているということ、それが問題だった。彼らはなにか、雪城さんに特別な感情を抱いている。彼らは明らかに何かを恐れている、少なくとも藤村はそうだ。
 ビデオ。今日もその話題。ビデオの始末を。
 そう思ったとき、飽きたのか彼らの蹴りの嵐は止んだ。
 唾液。幸いにもその吐いたツバは僕には命中せず、僕から離れた地面に落ちた。
「なーんか、ものたんねえなあ」
「そうですよ藤P先輩。こいつぜんぜん堪えてないもの」
 勝手なことを言っている。俺は十分に打ちのめされたっての。
 ライターの着火音が聞こえた。藤村が煙草に火を着けていた。
(校内で喫煙かよ…まったくたいした不良だなぁ)
 ふうっ、と藤村が紫煙を吐き出すと、にやりと僕のほうを向いてサディスティックな笑いを浮かべた。
 嫌な予感がする。反射的に身をよじろうとしたが体が思うように動かない。
「あ…あつっ!」
 藤村は僕のまくれ上がった上着と、学生服のズボンの間にわずかに露出していた下背部の肌に向かって煙草の火を押し付けていたのだ。
「あうううっ!」
 さすがに悶絶する。美墨の高らかな笑い声。けらけらといつまでも笑っている。
「腰痛にいいかもね、ツボにお灸してもらってるようなもんじゃない!アハハハ」
 淫水焼けした性器のようなみだらな唇をゆがめて美墨が笑う。
 煙草に火。押し付け。じゅう。押し付け。じゅう。
 僕の腰の辺りには6個のやけどの跡ができた。相変わらず、目に付かないところに傷をつけやがる。まあ、そのほうが雪城さんに気取られなくて良いのだけれど。
 美墨のカンにさわる高笑いの声とともに、奴らは去っていった。
「さすがに今日のは効いた…」
 僕はひとりごちて、のろのろと身支度を整えた。学生服がひどく汚れているが、あらかじめ上着は脱がされていたので(周到な連中だ、まったく!)ズボンを何度もブラシでこすると、こ汚いがなんとか着れるレベルになった。
 しかし…あと何回、僕はこのリンチに堪えられるのだろうか。