晴子さんからの葉書

晴子さんのことが心配になって、会社の帰りに神尾さんちに寄ってみた
「あんたらええかげんにしいや!ウチの家の前に動物の死体置いたり無言電話かけてきたり、職場に押しかけてきたり!昨日ウチの近所の電柱に”神尾晴子邪教の信徒”って、ギリギリはがせるような糊付けでベタベタビラ貼りよってからに!お前ら青年部のもんの仕業やろ!敬介、きいとんのか!」
晴子さんのものすごい怒鳴り声と、それをなだめるような複数の男の声が聞こえた
まさかあの晴子さんにそこらの男数人がかりでかかっていったところでどうこうできるとも思えなかったが、晴子さんの逆上の仕方が並大抵ではなかったので漏れは無我夢中で神尾家に縁側から飛び込んだよ
「晴子さぁん!お金返しにきたよ!おとといかりた8千円返しにきたよ!おかげでニンテンドーDS買えたから…」
中にいた連中がぎろりと漏れを睨んだ
睨んだのは一瞬で、すぐにキモチの悪い表情を浮かべると会釈してきた
ああ、こいつらだな、この間晴子さんが言ってたのは
漏れはこいつらの正体がわかったので大声で挨拶した
「どうも、日本共産党党員、和歌山県委員会南地区所属の村田安弘と申します。私は唯物論者で神仏の類は一切信じておりませ…」
「村田!アンタは余計なこといわんでええ!さあ、客が来たからお前らははよ大阪帰り。ウチは忙しいねん、はよでてけ!」
晴子さんの凄い剣幕に神尾家に上がりこんでいた数人の男たちはしぶしぶ腰を上げた。さっきは会釈していた連中も、漏れが共産党員と名乗った瞬間に親の仇でも見るかのような表情になった。いや漏れはべつに共産党でもなんでもないのだけど。
「村田、塩まくで塩!」
彼らが出て行った後晴子さんが台所から大量の塩を持ってきて玄関にまきだした。まるで雪のように玄関先が白く色づいたころ、晴子さんはようやく落ち着いたようだ
「はあ、はあ…すまんなあ、見苦しいとこ見せて」
晴子さんは肩で息をしながら台所に引き返した
これ以上塩をまくのかと思ったら、今度は一升瓶を持ち出してきた
「晴子さん、また呑んでるの…」
「あほらしゅうてのまなやってられるかい」
最近神尾さんちの評判が芳しくないのは漏れの所にも伝わっていた
近所の人は一応理解してくれているようだが
なんでも、晴子さんの実家のほうの宗教の件でもめているらしい
漏れは観鈴の部屋の方を見た
晴子さんは未だに観鈴の部屋もそのまま片付けず、掃除だけしているらしい
コップに冷で酒を注ぐと漏れの方に突き出してきた キャミソールの肩ひもがだらりと下がっている

とてもじゃないが断れない 漏れは一気に酒を煽った
つんとしたにおいが鼻に来る 
どうも日本酒は苦手だった
観鈴のな」
酔いが回ったころ、ぽつりと晴子さんがつぶやいた
観鈴の…葬式の出し方が気に入らんのやと…」
ちびちびやっている酒をもてあますかのように、晴子さんはコップのふちの辺りを人差し指でなぞった