大道寺知世の”死の棘”(1)

八王子から甲州街道を大垂水の方へぬけ、京王電鉄の終点の駅前まで行くと行楽客で溢れ返っていた。ことにケーブルカーへの乗り換えの道はみやげ物屋やらなにやらでいっぱいだった。そんななかおんぼろのDT125で割り込んでゆく。
大きさは原付みたいなものだがぼろいので音がうるさい。歩行者の冷たい視線に耐えながら、なるべくふかさないようにしてケーブルの駅のわき道を入る。
そこから数分、山地の谷あいにへばりつくように建っている、知世ちゃんが入院している保養院の建物が見えた。
舞い落ちる枯葉のなかバイクを止め、受付で来意を伝える。今日は知世ちゃんと外出するつもりだったのだ。受付で知世ちゃんを待っていると若い男が一人、延々とコップを手にして看護婦さんに水を入れてくれと頼んでいる。
看護婦さんは一切相手にせず自分の仕事をしていた。
そんな光景をぼんやりしていると知世ちゃんが奥から出てきた。浮かない、というか無表情だ。
とりあえず受付でサインだけして外出の許可をもらう。
知世ちゃんの手を引いて駐輪場へ向かう道すがら、知世ちゃんはしきりに私の現状を聞いてきた。
「ちゃんとご飯はたべてらっしゃいますか。掃除は。洗濯は」
全部やっているよ、心配しないでと伝えても、数分もすると同じことを聞き返してくる
はたから見れば確かにおかしいかもしれないが、こうして世話を焼きたがる彼女と言うのは自分にとってはすこしなつかしくもあり、周辺の山あいの枯れ木の風情とあいまって感傷的な気分にさせられた。
時間は限られており、とりあえず美術館などを見物した後八王子のほうへもどり、多摩霊園の方へとバイクを走らせた。風が冷たく知世ちゃんが心配だったが存外平気だったようだ
甲州街道から多磨霊園に掛けて、銀杏の木がまっきいろにいろづいて散っていた。そのさまはすこし幻想的ですらあった。
なんとはなしに橋のたもとにバイクをとめ、僕はコーヒーを買いに行った。
知世ちゃんは橋の欄干に手を掛けて川面を眺めている。
舞い落ちる枯葉のなかで静かに川面を眺めている。
彼女が何を考えているのか、自分にはよくわかるのだ。
さくらちゃんのこと、と一言では言い切れない。
さくらちゃんと、僕がいったいどんな不義をしでかしたのか。
もしかするとそのことに思い至っているのかも知れない。そうすればあの、恐怖の時間が始まるのだ。知世ちゃんの入院でいったんはおさまったあの恐怖の時間が。
無表情な知世ちゃんに買った缶コーヒーを手渡すことも出来ず、僕はその場に立っている事しか出来なかった。