再製

友枝小学校を卒業してからの一年を、知世は絶望と苦痛の中で過ごした。
卒業式の二日前に日本共産党が政権を取り、日本民主主義人民共和国と国名を改め、志位和夫が書記長に就任してすぐ「人民整理法」が施行された。大道寺コーポレーションは即時に解体、母の園美はいずこともなく連れ去られてしまった。知世のクラスメートたちもほとんどが親と引き離され、トーホグの農村部へと送られたらしい。知世は木之本桜もまた岩手県のとある村へ連れ去られたと聞いていた。そこで農作業や鉄道工事などを手伝わされているらしい。
木之本家もまた父親が大学教授という知識人層であったため、厳しい弾圧の対象となったのだ。
木之本桜が岩手の寒村へ連れ去られたと言うのは、それでも知世の希望的観測なのかも知れない。知世のような過酷な運命を桜が背負わされているという想像は、ただでさえ苦痛に満ちた知世の境遇のなかでめぐらせるには陰惨すぎた。
知世はその美しい容姿から、共産党幹部によって玩具として扱われた。知世の毅然とした人間性、起立した心は暴力の前にあっという間に屈した。どんな屈辱も、ただ痛みから逃れるために受け入れた。
脂ぎった歪んだ欲望に満ちた中高年の共産党員ははじめ知世を性的な玩具として扱い、やがてそれはさらに歪んだおぞましい怨念の具現とでも言うべき騒擾に取って代わった。
長年にわたる左翼への弾圧の歴史は、何の罪もない知世という少女をブルジョワジーの象徴として捕らえ、彼女への残虐極まりない処刑を正当化した。それは勿論リンチ以外の何者でもなかったのだが。
這い蹲り許しを請い、相手の気にいる様に肢体を捻転させあるいは他人の汚らしい部分を撫でさすり、汚物を口にすることすらためらわらなくなった知世。

果てしない時の経過の中で、知世の大脳にある啓示がひらめいた。
自分は木之本桜なのではないか。これは桜のカードないし魔力が引き起こした悪夢のようななにかで、そして自分は悪夢の中にいる桜なのではないのか。
そうだ、わたくしはさくらちゃんなんですわ。さくらちゃんがクロウカードを集めるためですもの、もっともっとがんばらないと。いつかさくらちゃんがカードを捕獲すればこの悪夢も終わり、そして私はさくらちゃんに戻る。ああ、わたくし、さくらちゃんなのにこんなに嫌らしいことをさせられて、罵られて。はいつくばって自分の小便を啜って。嫌らしい言葉を口にして。
なんて、みだらな、さくらちゃん。ああ、素敵。素敵ですわ。さくらちゃん、とても、とても―

大道寺知世はやがて木之本桜となる。そして最悪のカード、「アポカリュプス」を開いた。
知世が桜であったのか、それとも知世の思い込みなのか、それは誰にもわからない。ただ、そのカードを「開いた」とき、知世は即座に封印を解除した。



そして人類は呪われた。恐怖と恐慌の中、知世は桜を救うべく共産党員を殺して、殺して、殺しまくった。
自らの手が赤く染まり、それがいびつな復讐の色だと言うことを理解しつつも




主よ、みもとに 近づかん
登る道は 十字架に
ありとも など 悲しむべき
主よ、みもとに 近づかん




あまりにも悲しく美しく透き通った歌声で、賛美歌を歌いながら知世はアカを殺した。汚いアカ、醜いアカ、不潔なアカ、人類の膿、共産主義者を殺して、殺して、殺しまくった。
人類は緩やかにしかし確実に全てが呪われ、黙示の日から七日が過ぎたのち知世は忽然と姿を消した。荒れ果て破壊された人類を残して知世は消えた。