ロケットガール(名雪の精神が)

「じゃあ、祐一にだけ教えるね。あゆちゃんの正体」
 ああ、頷いて名雪の手を取る祐一の表情は笑ってはいたが精気は無かった。これで何回目になるのだろう、この不毛の極みの会話は。
「あゆちゃんはね…アカなんだよ」
 祐一は視線を落とした。精神病院の床はどうしてこうも愛想の無い、安っぽいタイル張りなんだろう。
 そうかい、呟いて祐一は少し名雪の手を強く握った。
「信じないの」「信じてるよ」
 間髪いれず答える。
 ああ、また狂騒が始まる。おれはまた病院の看護士さんや医者を呼んで、名雪に眠り薬を打ってもらうしかない、そうしてまたいつもの決まり文句だ、お小言だ、患者を興奮させちゃあ…
「あゆちゃんは…アカなんだよ!どうしてわからないの!汚いアカ!不潔なアカ!みだらで陰湿なアカ!穢い!奴らは腐ってるよ!共産主義者!皆殺しにしてやる!」
 肩で呼吸をし、胸に手を当てて息を整えようとする名雪
「…それに…あゆちゃんは、ゲルガミック星人なの…」



 また悪化した…
 ゲルガミック星は銀河系の中心方向へ、地球から800光年離れたところにあるG型スペクトルを持つ恒星を主星とした太陽系の第4惑星で、共産主義者が支配しているらしい。
 祐一は虚ろな目で、狂乱に支配されシーツをびりびりと引き裂きこぶしをベッドの枠にたたきつける名雪を見ていた。今日は看護士たちが駆けつけるのにどのくらいの時間がかかるのだろう。
 それにしたって。

 なんだってお前、月宮あゆをそんなに憎むんだ…
 もう許してやれ、だって、あゆは…
 もうこの世にはいないじゃないか、

 お前が、殺したから…