晴子さんからの手紙(3)

 神尾観鈴の身に不幸が訪れたのは、もう随分前のことだ。その件については様々な憶測が飛び交った。夏休みとはいえ学校には部活だ何だと、あとMのような落ちこぼれが補習を受けにきたりで結構な人数が集まるものだ。その空間にもたらされた突然のスキャンダルはたちまち生徒たちを虜にした。
考えてみればこの時期学校に居る者はむしろ抑圧された者たちばかりだ。例えば体育会の伝統に支えられた上級生のしごき。夏の開放感とは対極に位置する閉塞感。
 思えば神尾観鈴についてのうわさは終業式前後からあったのだ。
「神尾に男ができた」と言う噂はある意味冷笑を持って迎えられた。その噂は事実を確認する前から女子には優越感を与え、男子には下卑た妄想を掻き立てさせた。だがそれらの事実に基づかない空想は打ち破られた。その冷笑の根拠は、「いじめられっ子で友達の居ない神尾にできた男などまともなわけがない」というものだったのだが。
女子たちは同世代の贅肉を体中にまとったキモいオタクを想像していたし、男子たちは武田鉄也みたいな中年との援助交際を考えた。そして男子たちの間では、その脂ぎった中年の中間管理職妻子あり(ただし妻とは疎遠)の前で、神尾観鈴がどれだけ恥知らずで猥褻な女になるかを話し合い、それを思い描いて自慰をするものまで居た。
  
ところが、だ。夏休み初日、すなわち終業式の次の日、偶然神尾観鈴を見かけたものは驚愕した。大胆にも補習に遅刻した観鈴はなんと男を連れていたのだ。
終業式の日、クラスのものたちに話し掛けても徹底的に無視されていた神尾が、だ。勿論無視されていたのは終業式の日だけではない。観鈴は昔からそういう扱いをされてきていた。
ともかくその神尾が連れているのは、やや目つきが悪いがすらりとした長身の、それなりに見られる男だったからだ。同性から見てもこういう評価である。女から見れば、やや悪そうで細身の長身の男と言うだけで評価の対象としては価値を持つようだ。
観鈴に対するのはそれ悪意、妬みが校内に蔓延するのにそう時間はかからなかった。