晴子さんからの手紙(4)

「うちの実家はなあ、アレやったんよ、アレ。仏教関係のな、デカい宗教や。いま選挙の話で時々名前出るやろ、アレやアレ。ウチも若いころは信じとった。会社の人に新聞取らせたりなあ。共産党のことボロカスに言うたりな。折伏や言うて人の家に上がりこんでな、大人数でかこんだるんよ。ちょっとでも隙を見せたらこっちのもんやった」
なぜ晴子が身の上話を始めたのかMには判らなかった。だが、ほとんど見ず知らずの自分(そのはすだ!)にそうした立ち入った話をすると言うことは、それ相応の意味を持つということは、いかにMが愚鈍と言っても理解できた。
「ウチの義理の弟に敬介いうのおってな。まあそいつももともとはウチとウチの姉貴が引き入れたようなもんやわ。もともとは仏さんなんか信じとらんかったのに、よっぽどウチの姉貴に惚れとったんやな。今では熱心に勧誘しとる。そやのにウチが抜けて追い出されて…。わからんもんやで、ほんま」
「はあ。」
 何のことか、Mにはよくわからない。
「同じ日蓮の教えを信じるもの同志がなんであないに争わなならんのやろ…アレを抜けてからは、家に"地獄に落ちろ"とか、"仏敵"とか張り紙されたりなあ。さすがにあれ以上あそこには住めんかったわ。ほんまに難儀やったで…」
晴子はうなじにほつれた髪を整えた。その仕草がなんとも艶っぽくMのこころを刺激した。それと同時に彼女の娘、観鈴がやはり同じように一人で所在無く教室に座っているとき、よくあのような仕草をしたなあ、と思った。
そうだ。観鈴神尾観鈴だ。
何故晴子はこんなににこやかに話をしているのだろう。この間見たときにはもう精根尽き果てて、そのまま枯死してしまうのではないかと思えるほどだったのに。Mは思い出していた、あの陰鬱な日、神尾観鈴の葬式の日の晴子の放心したさまを。
一応はクラスメイトとして皆顔だけは出したものの、大部分のものはまるで乗り気ではなかった。まったく不幸な奴だった、神尾は。
しかしそんな醒めた空気の中で、酷く憔悴しきった表情の神尾の母親の印象は皆の心を強く打った。特にMのように家庭では愛されていないものにとって、ああいう風に悲しんでくれる母親がいるということは新鮮な驚きで、衝撃的だった。だから今の晴子は奇妙に感じる。
あんなに落ち込んでいた彼女が、こんなに明るく振舞っているなんて。