晴子さんからの手紙(5)

    
それまでの観鈴に対するいじめも相当過酷なものだったが、その件のあとのそれは倍化した。休み時間になると必ず髪にへばりついたガムをはがす為にトイレにいく観鈴がいた。あれで泣いていないのは不思議だった。
「ちょっと…おいっ」
「おまえジャンケンでまけたじゃねえか」
「ちぇ、あーってるよ!」
 補習の間の休み時間、男どもが押し合いへし合い、観鈴の席までやってくる。
「にはは…」
 なにやら挙動不審。頼りなげに笑顔を浮かべる観鈴に少々気後れする。
「コイツだよな」
「ああ、こいつ俺小学校のときからいっしょだから知ってんですよ。こいつなんか取り憑いてるらしくて」
「なにそれ。守護霊?」
「いや悪霊でしょう。親しくなると泣き出すんですよ」
 観鈴は悲しげにうつむいている。 
「がお」「観鈴ちんぴんち」
「あ?」
 男たちが観鈴の発言に顔をゆがめる。観鈴はプルプル震えて机を穴があくほど見つめていた。
「がお…」
「…がお、だってよう」
「なんだこいつ、バカか?」
「だから、どうも悪霊ののろいで、知恵遅れというか、きちがいと言うかですね」
「あ、神尾が立ったぞ」「何処行くんだ」
観鈴は涙をこらえながら渡り廊下を歩いた。上履きを履き替えようとしたらロッカーの靴はトイレのバケツに放り込まれていた。仕方なしに上履きで学食のほうへと向かう。学食にはジュースの自動販売機があった。そちらへ向かって急ぐ観鈴を、またこそこそとうわさし合う者たちもいた。
観鈴は涙をこらえきれず、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら硬貨を自動販売機に入れようとする。
「ほらあいつだよ」「キモい…」「知恵…」「ああそれで、男が」「やだねえ、けだものだ」「バカでもやれたらいいと」
 お気に入りのジュースは売切れだった。結局ジュースは買わずに教室へ戻った。戻ると観鈴の補習用のノートに「淫売」「ビッチ」「精液便所」という落書きが。

 ほとんど常態化していた観鈴へのいじめだったが、男を連れてきたという事実が決定的にその様相を変化させ、この日を境にエスカレートしてゆく一方だった。
 
 羨望や嫉妬、妬み嫉み。それらはいったん弾みがつくと坂道を転がるように加速していった。性教育に力を入れている昨今の学校教育が災いしてか意外にいい身体をしている観鈴の胸のふくらみやらなにやらに注目する男子生徒が数を増してゆく。その数が一定量に達し、悲劇を生むまでは時間はかからなかった。
 
 いつの間にか神尾が連れてきた細身の男は現れなくなった。どうもバスで隣の町へ行ってしまったらしい。わずか数日で男に捨てられた、といううわさが観鈴の立場を決定的なものにした。
 
「つーかさ、こいつ友達になろうとしたら泣き出すんだろ、このヤリマンさあ」
「じゃーこいつが俺達とかかわろうとしたらこうするしかねえじゃんか。なあヤリマン」
 補習も終わったあとの薄暗い体育倉庫で、げらげら笑いながら5人ほどの男子生徒が観鈴を組み敷いている。外からはクラブ活動にいそしむ学生達の掛け声が聞こえる。そのほのかな喧騒のなかで素裸にされた観鈴はすでに何人もの男を受け入れさせられていた。
 観鈴がうめき声のようなものを上げる。
「アハハ、こいつまたがおとか言ってるよ。マジきもい」
「でもこいついくらレイプしたところで別に誰にもチクらねえし、ホント最高のはけ口だよな」
「でもぜってー処女だと思ったのに」
「だからあいつだよ、あいつがマク破ったんだ」
「アー畜生、俺の観鈴ちんの膜!」
 あっという間に常態化してしまった、観鈴に対する陵辱。もはやいじめの範囲を超え、犯罪の領域に達したのだが誰も止めようとはしなかった。その日以降は毎日毎日、補習の後にこうして男達の相手をさせられる。
従軍慰安婦」「精液便所」観鈴の新しいあだ名だった。

 男子生徒の言葉による陵辱も観鈴の耳にはもう届いていなかったようだ。観鈴の瞳はだらしなく開かれ、意志の光を失っていた。時折ゆきとさん、とか男の名前を呟き、そのことがまた男子達の欲情を刺激した。助けを求めるか弱い少女をレイプしているという事実が、性に対して歯止めが利かなくなった彼ら自身の欲望をより高く屹立させた。
 一通り彼らが射精し終わって(ひとりで三度も射精したものもいた)、皆が気だるい開放感と虚無感に襲われたころ、「おい」と召使を呼びつけるように、彼らから離れて倉庫の片隅に待たされていた少年が呼ばれた。
 その気弱そうな少年がMだった。Mはこの場に半ば嘲笑をもって迎えられた。
 Mはその日の午前、Mの半ば包皮に包まれた未発達な陰茎が役に立つのかどうかということで学生達の賭博の対象にされていた。Mも基本的には観鈴と同じ側の人間だ。時に苛めの標的となり、パンツを脱がされて学校の中庭に放置されたりし、その陰茎の形状から大きさ、硬度にいたるまで全校に知れ渡っていたのだ。
 賭け率は拮抗した。驚いたことに、女子まで参加しての大きなトトカルチョとなった。ほんのすこしだけ、きちんと性行為を完遂させられるという票が上回った。はじめは冗談でそれを口にした胴元も、話が大きくなってしまって引くに引けなくなってしまったのだ。
 幸いなことに実験材料はある。神尾観鈴という贄が。

「おい、M。おまえが男だって、証明して見せろよ」
 すでに下半身を全裸にされたMは突き飛ばされて観鈴の前に立った。ニヤニヤしながら他の者が道をあける。Mのものはすでにこれ以上ないほど勃起し、はちきれそうになっている。余った皮が亀頭部の完全な露出を拒んでいるものの、下半身は全くやる気充分だった。透明な液体が先走っている。
「あ、あのあのあの、神尾さんその」
 神尾観鈴がこんなことになっているなんて思いも寄らなかった、まるで昔やったMOONっていうエロゲーみたいだ、Mは驚くやら勃起するやらでまるで落ち着かない。
 観鈴はぼんやりとMを見上げた。丸い、形のよいあごやさらさらとした髪、汗ばんで張り詰めた白い肌。初めて女性の身体を生で見たMには全てが官能的だった。まして自ら望まないとはいえそうした行為の後で息も切れ切れの観鈴は、Mの理性を破壊するのに充分だった。
「うひゃあはあ。神尾さん神尾さん、ハアハア。あのあの僕昔から神尾さんのことかわいいとか思っててちょっと使ったんだ、いやあの使ったって言うのはね、こうそのなんというか、手をこんな風にちんちんにやって」
 もはや何を言っているのかわからない。
「おれね、昔火曜サスペンス劇場とかでレイプシーンとかあったじゃん、それでさ、レイパーが女の人の服をビリビリ破くのって、そいつが単に女のオパイを見たくて見たくてたまらなくなってやるもんなんだと思ってたんだよ、つーかとにかくやらせろコラァ!」
 Mは観鈴にダイヴした。その瞬間周囲のもの達は爆笑した。馬乗りになって下腹部を観鈴にあてがい、Mは必死になって観鈴への侵入路を探した。こつこつと自分自身の先端部が観鈴の粘膜にあたり、そのたびに観鈴が顔をしかめて、しかしなんともいえないいやらしい吐息をあげるのをみてMの性感は一気に高まった。
「……あっ!あっあっあっ!」
 Mは訳のわからないことを叫んだ。そして決定的な瞬間が訪れる。それがまた周囲の男子学生の笑いをさそった。Mは結局挿入することもかなわぬままことを終えてしまったのだ。
 その後、賭けをしていたものたちの間では議論が紛糾した。射精に至ったのだから行為は成し遂げられたとするもの。性行為自体が完遂されていないのだから男として役に立っていないとするもの。
 そんなどうでもいいことが延々と背後で続くのを聞きながら、Mは快感と屈辱感に打ち震え、そしてぐったりとしている観鈴の横顔を見た。とたんに罪悪感に襲われて、慌てて飛び起きた。急いで倉庫の隅に脱ぎ捨ててあったズボンを履く。うまく最後まで履ききれぬまま廊下へ出ようとして、こけつまろびつ逃走するMを、さらに笑いが襲った。
 その後の判定で、Mは結局不能というレッテルを貼られることとなる。

 そしてそれから一週間後、とうとう観鈴はこなくなった。野球部の連中が輪姦したとかなんだとかまた例の男がやってきて観鈴を家に連れ帰ったとかさまざまなことが言われたが、学生達は皆一様に悔しがった。絶好の鬱憤やら性欲のはけ口が喪われたのだ。
 しかしその後、事態はさらに変化した。神尾観鈴が死んだというのだ。たちまち観鈴の陵辱にかかわったものに恐慌が訪れた。あんなことが明るみに出たらえらいことになる。
 だが、葬式は普通に行われ、その件が明るみに出ることはなかった。ただ、葬式の日に酷く憔悴した神尾観鈴の母親の様子だけが皆に強い印象を与えた。後ろ暗いものにとってはそれはかなり不気味な風に見えた。