晴子さんからの手紙(8)

「アウアウアー」
見た目だけではない、佳乃は精神も酷く痛めつけられているようだ。神尾観鈴とは髪型が違うし、髪の色も違う。その髪の色や髪型には見覚えがあった。活発で明るい彼女は校内でも人気者で、実はMは何回か佳乃を手淫の際に思い出したことがあったほどだ。
 もっとも今となっては顔はらい病患者のように崩れ下半身からは異臭をはなち、とても手淫に使えるようなそれでは無いのだが。
「あかんなあ。この子、やっぱり熱あるみたいや」
 晴子が佳乃の腫れ上がった頬をいとおしげに撫で、額に手を当てた。
「ほら、観鈴。ごはんもちゃんと食べんと」
晴子は佳乃の横に放置されてあった皿を引き寄せた。皿の上にはなにかよくわからないどろどろしたものが載っている。少なくともそれは最近調理されたもののようで、腐敗した様子は見られなかったが、この環境では食欲をそそるものではない。
 晴子はスプーンでそれを器用に切り分け、佳乃の口にはこぶ。
「なんや、いやなんか?」
「アウアウアー」
 佳乃は相変わらず、不明瞭な言葉しか発しない。
「それでも、子供は親のごはんを食べて育つもんやで?」
「アウアウアー」
「ほな、ジュース飲むか」
「あんたのすきなどろり濃厚や」
「トランプしよか」
「恐竜の」
 晴子の一方的な問いかけにも、佳乃は意味不明な呻き声のような何かを繰り返すのみ。晴子はそれでも佳乃に問いかけた。
観鈴ちん、今日はご機嫌ナナメかいな。そしたら今日は海へいこか、海…」
「……じゃない」
そのとき急に、その少女は意味ありげな言葉を発した。腫れ上がった目もほとんど塞がっているが、意思のようなものをMは感じた。
「なんや?」
 晴子の眉根が険しくなる。
「私は…神尾さんじゃ…観鈴って名前じゃない。たすけて、おねえちゃ」
 そのときいきなり晴子は納屋の壁に立てかけてあった角材を取り上げて佳乃を殴った。思いっきり殴りつけた。
「あんたは!」
 ごちん!鈍い音とともに少女の即頭部に角材の一撃が入る。ぎっ、という声とともに少女が昏倒した。
観鈴やって」
 ごん!
「いうとるやろが!」
 がん!がんがん!
「なんでそんなわけの判らんことをいうて」
「お母さんを困らせるんや!」
 言葉の間にも、容赦ない打撃が佳乃を襲った。Mは制止するのも忘れてただその場に立ち尽くしていた。あまりの凄惨さに一歩も動くことができなかった。
 やがて佳乃はぴくりとも動かなくなった。顔面はさらに腫れ上がり、耳や鼻や口や目から出血している。晴子は血だらけになった角材を床に放り投げた。