星力をください
メテオさんと京阪電車、というのはなかなか奇妙な取り合わせだ。
メテオさんがちょっと変わったところに食事に連れて行け、などと言うので、鴨川の川床へでも連れて行ってあげようというのだ。しかしそもそも星国の王女殿下を鉄道などに乗せてもいいものなのだろうか。まあコメットあたりも星のトレインとかで移動しているようだが。
「姫様、260円の切符を買うんですよ」
「え?あれ、これかしら?ここを押すのかしら?」
さすがに自動券売機で切符も買えないのには笑ってしまったが。
星力のない姫様はまるで無力。ハモニカ星国の刺客から我々を逃がすため犠牲になったムークさんはそう言っていた。しかしなかなかどうして、星力に頼らなくても最近のメテオさんはたくましいと思う。駅員を呼びつけ、操作方法を説明させた挙句、駅員に切符を買わせてしまった。
「自分で買ってみたいからって言ったからお金渡したのに」
「ふん」
鼻を鳴らすメテオさん。
「結果として望むものが手に入ったのですから、万事OKったらOKよ」
そして高笑い。恥ずかしいなあ、もう。
丹波橋から京阪三条まで、特急で20分ほど。有名な京阪のテレビ付き電車だ。車内に取り付けられたテレビを見て、メテオさんは両手を腰に当てて溜め息をつき、「そこまでして情報を得たいのかしら。いうなれば情報コジキね」と、本放送では口に出来ない表現で地球人を罵った。
「でもメテオさんだって通販番組見てるじゃないか。ヘンな洗剤とか買うし」
「ばっ…!馬鹿な事をお言いでないわよへの7号!アレはそもそも下僕たる貴方が毎日掃除をするのが大変だろうと…」
大声でまくし立てるメテオさん。ムキになるメテオさんはかわいいのだが、正直声が大きい。夕方の電車は帰宅ラッシュの前とはいえ席は全て埋まるほどだ。子供がこちらを指差して母親にたしなめられたりしている。そうこうしているうちに三条の駅に着いた。
地下道から出口への階段を上がると鴨川の川べりだった。
「鎌倉に比べると、騒がしいでしょう」
メテオさんに問いかけるとメテオさんは首を振る。
「地球はどこも騒がしいわ」
ぽつり、と寂しげに呟いた。
あたりは随分暗くなって来ている。夕暮れに染まったメテオさんの表情はすこし冷たく、静かな佇まいを見せていた。小さな手で、胸に下げたペンダントを撫でるように触っている。そのペンダントは今となっては何の力も持たない、ただのお守りにすぎないのだが。
不安を感じたり、寂しいときはいつも無意識にメテオさんはそのペンダントを触っていた。彼女と星国をつなぐものは、そのペンダントと思い出しかないのだ。
「姫様」
私はかしこまって言った。
「失礼ですが、御手を」
「なにかしら」
「すこし人が多いようです。迷子にでもなられたら」
「無礼な」
「いや、私が迷子にならぬよう手を引いていただけませぬでしょうか」
「—いいわ。手のかかる家臣だこと」
そう言うメテオさんはすこし嬉しそうだった。メテオさんの手はいつものようにやわらかく、小さかった。
「すこし騒がしいわね」
「ああ。隣の店に、学生がいるのでしょう」
「風情が台無しね」
「京都は学生の町なんですよ。大学の夏休みも終わりですからね。この時期飲み食いするところはこういうもんです」
すこし時間が早いこともあってか、川床の席は空いていた。鴨川の川面が夕暮れの赤から漆黒に変わって行く様をぼんやりと眺めながら、欄干に肘を預けて私は酒を口に運んでいた。
メテオさんは膝を崩してはいるが、私とは対照的に背筋を伸ばして食事をしていた。最も床に座り込むことに多少の抵抗はあったようだ。初めは落ち着かなかったようだが、慣れるといつものようにちくりちくりと毒舌を発揮しだした。
「への7号、呑みすぎていつぞやのように醜態を晒さない様にね」
「メテオさんは手厳しいなあ」
淡々とメテオさんは、細工の施された会席料理を口に運んでいる。正直メテオさんに和食はどうもイメージにそぐわないと思っていたのだが、姿勢がいいからかまるで違和感がない。
私がぼんやりとメテオさんを眺めているとメテオさんは視線を感じたのか、
「どうしたのかしら?」
と聞いてきた。
「いや、メテオさんなら和服や浴衣を着ても似合うかと思って」
「それは…もちろんね。機会があったら着て差し上げても良くってよ」
私は帰ったら早速どこかに頼んで浴衣を仕立てさせようと思った。秋ごろの地元の祭りには間に合うだろう、きっと浴衣姿で夜店を見て回るメテオさんは絵になるに違いない。
「への7号。よだれ」
「ああ、申し訳ありません、姫様」
どうやら口をあけて妄想に耽っていたようだ。我ながら情けない。
だがなんだかんだでメテオさんも結構物珍しいらしく、色々と聞いてくる。この質問も結構油断がならない。なにしろわからないとか知らない、などというと即座にバカにされたり罵られたりするのだ。そこがたまらんのだけど。
そうこうしているうちにあたりはすっかり夜になった。鴨川の川沿いにはカップルが一定間隔で並び、静かな川面を眺めている。
ふと気がつくと、メテオさんは空を見ていた。
「ああ、まだ夏の星座が残ってますね」
私も一緒になって空を見上げた。
星力を得ることが出来なくなっても、メテオさんは星を見ることで心を落ち着かせることが出来るようだった。今日わざわざ鴨川の川床まで足を運んだのも、ここなら気持ちよくメテオさんが食事出来るだろうと考えてのことだった。
星空を見上げるメテオさんの様子はとても一言では言い表せない。神秘的というか、荘厳というか。私が彼女に献身を持って仕えるのは、けして彼女の魔法にかかっているからではないのだと。このことはもう、伝えるまでもない。
メテオさんが手のひらを宙に向け、腕を伸ばす。
勿論星力は集まってはこない。メテオさんは何度も手のひらで空を掴むような動作をする。5回もそれをしただろうか、やがてメテオさんは手を下ろすと小さく溜め息をついた。