2人だけの科学部(その3)

 むっつりと押し黙っていた雪城さんが突然笑い声をあげた。くすくすという忍び笑いだったが、同時にその笑いになんともいえない彼女の暗い愉悦を感じる。ほっそりした指で隠したくちびるがなんとはなし、性的なものを連想させた。
 その猥雑さ、後ろ暗さは悲しい。
「はーあ。会社の所在地の番地だなんて。四桁のパスワードなんて、今時。全く危機意識が足りないわこの会社もこの国も」
 訳のわからないことを言っている。
 僕は雪城さんのさっきからの不穏当というか、尋常じゃない気配を感じて戸惑った。というよりも、ぶっちゃけた話が。
「あの…雪城さん」
「なあに?」
 画面から目を逸らさず答える雪城さん。さっきまで素早く叩いていたキーボードの音は、いまはゆっくりとしたものになっている。
「その、もしかして、今やっているのって不正アクセスというかハッキングというか」
 自分としてはかなり思い切った発言のつもりだったのだが。
「そうよ」 
 あっさりと雪城さんは肯定した。
「へ、へえ。そうなんだ」

 かたかた。再び彼女がパソコンを操作する音だけになった。僕は雪城さんに託された液体の濾過を終えていたが、そのままの姿勢で彼女を見守った。動けなかったのだ。
「近日中に、若狭湾から青森へ向けてあるものが輸送されるわ」
「あるもの…?」
「陸路…運搬する車は計五台。それぞれが別のルート、違う時間で出発する…。本物はその中の一台で、その中身が本物か否かは運んでいる当人たちにも知らされていない」
 僕には雪城さんが何を語ろうとしているのか、見当もつかない。ただどうやら、雪城さんはなにかたくらみがあって、非合法な手段で情報を引き出しているのだ。
「護衛には…へえ」
 雪城さんの口元が歪む。瞳は澄み切っていて、そしてあの燃えるような情念と怒りの炎が渦巻いているように感じられた。
「民間人が短機関銃武装しているなんて。全く電力会社もたいしたものねえ」
 くつくつと妙な笑いを立てる雪城さん。そして。
 きっ、と。僕の方を見た。目が合ってしまう。吸い込まれそうな深い瞳だった。それはきっと狂人にしか成しえない深みだ。
 ほら、アレだよ。アレ。彼女はアレなんだ。
 雪城さんがそっとささやく。それはまるで秘事に誘うように。

「村田君、明日の夜、あいているかしら?」